NOAH
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キャプション
『優奈』のプロトタイプ的な立ち位置になるのかもしれません。『あかねちゃんとアオイちゃん』シリーズで描く予定だった「異種族間の叶わぬ恋」的なエッセンスを盛り込んだ話をもう少しインスタントに書こうという目論見から立ち上がった話だったのですが、それすら放り出してしまう自分の根気の無さに凹みました。
メモ的な何か
飼い主の少女に恋をしてしまった小人の話。
世界観的な
・小人の平均寿命は長くて10年→1年で10歳分成長する設定?
・小人はペットショップで2〜3歳の個体を買うのが一般的。幼体からの飼育は教育やしつけが求められるため少しハードルが上がる。
・小人が飼い主に恋をしてしまうという例は全く無いわけでは無い。その場合は去勢手術をさせることが多い。
登場人物
藤原乃愛
11歳。小学6年生。中学受験のために進学塾に通っている。普通の家庭(普通にいい大学を出て、普通にいい企業に就職して、普通に30手前で結婚した夫婦の築く、経済的にも余裕のある円満家庭のこと)で育ち、友達もそれなりにいて、人並みにおしゃれやお化粧が好きで、年相応に遊び、そして不安定で、悪意なく誰かを傷つけていたりする、そんな女の子。小人を1匹飼っている。
モモ
小人の少年。身長5センチ。飼い主であるノアに恋をしている。桃の缶詰の中に捨てられたためノアにそう名付けられたが、彼女はこのとき、小人がオスであることを知らなかった(帰ってから初めてちんちんを確認した)。物語開始時点では人間でいうと14、5歳くらいに相当
やりたい展開
・今までモモを単体飼育していたノアが、新しい小人を買ってくる。同じくらいの歳の、女の子の小人だった。ノアは、モモのお見合い相手として、良かれと思って彼女を連れてきたのだった。当然、モモの胸の内など知る由もなく……
・ノアの学校での様子を知りたくて、ランドセルの中に忍び込んでこっそりついていく。そこで、彼はノアが、自分の話を友達にしているのを聞いてしまう。
「あのね、昨日飼ってる小人に好きだって言われちゃって……」
「モモくん?」
「そーそー。私困っちゃって……」
「モモくんと付き合ってあげる気はないの?」
「えー、ないない。あり得ないって」
「どうすればいいと思う?」
「うーん……あ、そうだ!メスの小人一緒に入れてあげたら?」
「それはもうやったんだよ。でも全然くっつく様子なくて……あ、」
「いや、あれも多分私が好きだったからなんだろうなって納得しただけ」
「重症みたいだねー」
「ほんと、ビョーキ……」
・モモと一緒に風呂に入っていることを友達に話したところ、「信じらんなーい!」と言われて戸惑うノア。「それで好きになるなって方がモモくんにかわいそうじゃなーい?」
・友達に相談した帰り、なんとなくペットショップに入って、ケースの中の小人を眺める。すると、その中に、(髪が少し伸びているものの)自分と容姿のそっくりな小人がいるのに気づいた。
名前は、ヨシノというらしい。桜のソメイヨシノから来てるとかなんとか。
見ると、値段が少し他のに比べて安くなっている。相場が3万円のところ1万円弱。これなら、お年玉の残りでどうにか買えそうである。性格に難があり、手懐けるのが大変なために安くなっているらしい。乃愛はなんか嫌な気分になったが、店員に声をかけて購入を決める。
草稿
ヨシノは、ノアに瓜二つな見目形をしながら、その実中身は何一つノアに似たところが無かった。好戦的な目つき、乱暴な口調、一人称と二人称……これでは、モモにヨシノのことを自分の代わりに思ってもらえないかもしれない。
矯正の必要があった。このくらい育った小人を躾けたことはないが、方法は知っている。
要は、痛めつけてやればいいだけだ。もっと幼かった頃のノアは、それを残酷だと思っていたが。ついでに、髪も切ってやることにする。
1時間もしないうちに、小指大のノアのクローンが出来上がった。性格の矯正から、自分の役割の刷り込みまで。
早速、モモに合わせてみる。
「え?ノアが小さく……え、あれ?でも……」
『その子はヨシノちゃん。仲良くしてあげてね』
「ノア……この子を君の代わりにしろ、って言ってるの?」
『……。』
罰の悪さから、ノアは何も答えることができなかった。モモにも、ヨシノにも。
「顔が似ていても、君の代わりになんか……」
同じ大きさでノアと対面する空想は何度もしてきた。それほどまでにモモが憧れていたシチュエーション。そんな彼にとって目の前の光景はスペクタクルに他ならなかった。
「ああ、ノア……」
モモはヨシノににじり寄っていく。ヨシノの少し怯えた表情が、モモの押し込められていた性衝動を掻き立てる。
「キス、していい……?」
ヨシノは何も答えない。
『いいよ。』
代わりにそう答えたのは、2人の飼い主であるノアだった。
それからのモモは、ひたすらヨシノとの性交に勤しんだ。最初は乃愛も、その様子を興味深く観察していた。なんだかんだと言っても、小人同士の営みを目にするのは初めてのことだった。しかし次第に、乃愛の中に不愉快な感情が芽生えてくる。自分の写し身のような少女が、たった5センチにも満たないペットの小人に、性衝動のはけ口としていいように使われるのを、平静に見ていられるほど乃愛は安定した自我を持ち合わせていなかった。特に、長時間の勉強を終え眠りにつこうという時に、カゴの方からゴソゴソと物音がすると気が散るために迷惑していた。
耐えかねて、乃愛はモモとヨシノを市販のアクリルの仕切りで隔離させた。ひとまずそれで彼らの性交は途絶えた。夜の騒音も途絶えた……ということは無かった。むしろ悪化してしまった。
というのも、2人に禁断症状が現れ始めたのだ。それもモモよりも、ヨシノの方に顕著に。
乃愛はゾッと気味が悪く思った。自分の顔をした小人が、畜生のように発情を露わにし喚き立てている。
堪えきれず、乃愛はヨシノを「処分」することにした。こうなってしまっては仕方がない。野に放ったり人に託したりしたところで、彼女の発情が収まることはないのだから。
「ノア、あの子は……」
『……』
ノアは何も答えなかった。
「そう……」
『寂しい?』
「……僕には、やっぱりノアしかいないよ」
『モモ……』
『やっぱりまだ、私のことが好き?』
「……うん。」
『私と、キスしたい?』
「ノア……?」
ちゅ……。
「————、」
『これで満足?』
『色々考えて、やっぱりモモの恋人にはなれないけど、このくらいならいつでもしてあげるから、』
乃愛にしてみれば、キスをしたという感覚はあまり無かった。キスとは双方向のコミュニケーションで、これはあまりにも一方的だから。何より、本来あるべき緊張感が絶無だった。来月に12歳の誕生日を迎える彼女にとって、これがファーストキッスとなる——それ故に躊躇っていた——はずだったが、これならキスに数えなくてもいいや、と胸の内で思った。
それから、モモは頻繁にキスをせがんでくるようになった。その度に乃愛は応じてやっていたが、あまりにしつこく辟易していたため、ある時、彼女はキスの途中に予告なく唾を吐いた。指の中でモモが動揺し、むせ返っているのが伝わった。いくらか飲んでしまったらしい。(いい気味。もっと苦しめばいいんだ、モモなんか)と思った。さらに追い討ちをかけるようにモモの体を唾で濡らし、3本の指でもみくちゃにした。
ところが、唾液責めから解放してあげたところで、モモは思わぬ行動に出た。しばらく息を切らして倒れ込んでいたかと思うと、おもむろに服を脱ぎ出し、唾液でぐちょぐちょになったそれにしがみつき、尺取り虫のように体をくねらせはじめたのだ。それが彼の自慰行為であることは、乃愛の目にも明白だった。
乃愛ははじめ戸惑った。戸惑い、そして……おぞましいやら悲しいやら、そんな気持ちでモモを見ていた。愛らしいペットだったモモが、どうしてこうなってしまったんだろう。しかし、彼女はほんの気まぐれで、こんな気を起こした。
(手伝ってあげたら、どんな反応するのかな)
(モモ、そんなに私のツバが好きなんだ……)
これをきっかけに、乃愛はキスだけでなく、その後のモモの性処理まで面倒を見ることになった。2人の行為は次第にエスカレートしていった。モモの要求のみならず、乃愛の行為もだ。
乃愛は、モモが特に自分の体から発せられるにおいを好んでいることを知った。あるときモモは、ケースを抜け出し、就寝中の乃愛の髪の毛の中で自慰行為を行った。石鹸の香りで充満する髪の中にうずもれて。レム睡眠の段階にいた乃愛は少しして目を覚まし、モモを叱責した。自分の髪の毛が飼い小人に汚されようとしていたことを薄気味悪く思った。
『いい加減にしてよ』『キモイよ、モモ』『もー最悪、よりによって髪なんて……』
モモは、乃愛にこれほど語気強く責められたことがなかった。ノアに嫌われ始めているのを肌で感じた。ノアに嫌われては生きていけない。彼は本気で自分の行為を反省した。理性を保つ努力をしようと思った。
『そんなに私のにおいが好きなら、パンツの中にでも入ってみる?』
「な、何を言って……」
『決めた。お仕置きで明日はずっと私のパンツの中で過ごしてもらうから』
「待って!ノアっ!!いけない、そんなことしたら今度こそ僕は……!!」
モモは勘違いしていた。理性に背き快楽に溺れてしまっていたのが自分だけだと。でもそうではなかったのだ。性に目覚めたばかりで抑えが効かなくなっていたのは、モモだけでなく、その飼い主である乃愛もまた……。
指の間で小人がきいきい騒ぎ立てる様は、乃愛にとって情欲を刺激するスパイスでしかなかった。
「ノアっ!ダメだ、ノアっ!!ノ……!……、」
『モモ、うるさい……』
黙らせようとして、ショーツの上から指でおまたにモモを押し付ける。目を閉じて、始めて体験する甘い痺れに乃愛は浸っていた。モモが大人しくなった。モモはどんな気持ちなのかな。幸せ?幸せだよね。好きなだけ嗅いでいいよ、私のおしっこのにおい。
「おはよー。」
「おはよー、今日は珍しく早起きじゃない」
「んー」
「パンとご飯どっちがいい?」
「パン〜」
「はーい。じゃあその間に着替えちゃいなさい」
「あ、パパ。おはよー」
「おー、どうした乃愛。今日はバカに早いな」
「もー何なのみんなして……」
彼女の両親は気づかない。
「のあー、昨日の◯◯チャンネル見た〜?」
「見た見た!新曲出してたよね」
「そーそー!私あれ撮りたくて〜!のあ今日一緒に出てくれない?」
「えーごめーん、今日私塾あってさ〜」
「そっかー、じゃ明日はどう?」
「いいよ〜」
「おっけー!のあカワイイから再生数伸びてくれて助かるんだよね〜」
「えーそんなことないって〜笑」
彼女の級友は気づかない。
「せんせー、質問いい?」
「おう、どうした藤原」
「私ここどうしても分かんなくて……アとウが消えるのは分かるけど、なんでイじゃダメなんですか?」
「あーはいはいこれね。これは確かに消去法でやってたら消えないんだけど、根拠が不十分ですよっていうパターンで……」
乃愛の下着を3度撮影したことある中年の塾講師も、すました顔をした彼女が、その下着の中に小人を1日中閉じ込めていることに、気づくことはできなかった。
塾が終わって、乃愛が帰宅するのは21時を過ぎた頃だった。塾でお弁当を食べてきたので、帰った後はお風呂に入って寝るだけ。しかし今日はその前にやることがあった。
自分のショーツの中をまさぐって、モモの体を捉える。20時間ぶりに外に出したモモはぐったりとくたびれていた。無遠慮ににおいを嗅いでみたら臭かった。学校で一度トイレに行った時、魔が刺して拭かずにパンツを履いてしまったからだ。きっといくらか原液のまま飲んでしまったことだろう。
『モモ。』
ぼんやりしているモモを人差し指でこづくと、簡単に倒れた。そしてすぐに目を覚まして起き上がった。
「……っつつ……もう許して……」
許して?乃愛は何のことかわからなかったが、そういえば一応おしおきとしてモモをショーツに閉じ込めていたのだった。今の乱暴もその一環だと勘違いしたらしい。
「……ノア……」
乃愛は、モモの怯えた表情を見た。彼は何かに怯えているようだった。
『モモ、お風呂いこ?』
ノアは一層怯えの色を濃くした。ふるふると激しく首を振った。もうすっかり目を覚ましたみたい。構わず私は着替えのパジャマとバスタオルを持って洗面所へと向かった。
洗面所に言っても、モモは服を脱ごうとしなかった。既にノアは脱ぎ終えていた。
『モモ、入ろ?』
彼は塞ぎ込んで身を守っていた。彼の行動の意味をだいたい理解していた乃愛は、ただただ愛しく思っていた。
『もーもっ。』
100均で買ったマニキュアを塗った爪の先で、丸めた背中を弄ぶ。別にいつでもよかったのだ。
「……!……、」
そうしているのにも飽きると、モモをさらって浴室へと入っていった。
モモがノアに拾われたその日、ご飯よりも、傷の手当てよりもまず、お風呂に入れてもらった。
その時、モモは初めて、自分が救われたのだということを認めることができた。拾われてからも、名前をつけてからも、ずっと気を張り詰めていた。それが、温かなお湯であったり、ちゃぷちゃぷという穏やかな水の音であったり、そしてなにより
『モモ男の子なんだ〜』
そういって無邪気に笑う乃愛の表情が、自分の苦しみがようやく終わりを告げたのだと、モモに実感させた。その日から、藤原乃愛というありふれた少女は、モモにとっての唯一の救世主であり、彼の全てだった。
乃愛とのお風呂というのは、そんな風にある意味思い出の深いものであった。彼の純愛の原体験ともいうべきものであった。それが今……
モモは、乃愛に言われるがまま、彼女の慎ましい乳頭に奉仕していた。しかし、それはモモが望んだことでもあったし、それだけではなく、彼はその直前に彼女の手の中で射精している。ボディソープでぬめる華奢な手のひらにもみくちゃにされて、なす術もなく。
彼は抗っていたのだ。でも、乃愛の一糸纏わぬ発展途上の巨体を目の当たりにして、決壊してしまっていた。分かっていたことだった。
乃愛は、特別狡猾な少女ではなかった。しかし彼女は、体良くモモの恋心を利用していた。だからこそこんなことも臆面もなく言えたのである。
『私のパンツの中どうだった?』
『コーフンした?』
『また入りたい?』
パンツから落ちてしまい、教室の床を彷徨っていたところを、乃愛の友達に見つかる。それも、彼女が他のクラスメイトと乃愛の悪口を言っていた最中という、最悪のタイミングで。
『ねえ、これって乃愛が飼ってる小人じゃない?』
『マジ?あ、ほんとだ……』
『どうしよ、聞かれたよね?』
『潰しちゃえば?』
『えーあたしやだ〜!リコがやってよ笑』
『私だってやだよ笑』
『うわードロボーじゃん笑』
『お前も共犯だから笑』
『持って帰ってどうすんの?』
『えーわかんない笑』
『なんか臭くない?』
『アイツそんなことしてんの!?キモーっ!』
『てかそれってフツーに虐待じゃない?』
youtubeのリクエスト動画でモモを踏んでプチバズる。
それを受けて気分を良くしてしまった友達は、次に来たリクエストの、「小人に足を舐めさせて」も採用してしまった。彼女は乃愛に比べていくらか分別というものが足りなかった。乃愛は自分のしたくないことをはっきりと伝えていた。そういう所も彼女にとっては鬱陶しかったのだが。
それを見て気づく乃愛。
動画は1日で10万再生された。しかし3日後にはチャンネルが削除された。
その間、モモは彼女が次に「小人を食べてみた」という動画を投稿しようとしているのを知った(もちろんこれもコメントに踊らされてのことである)。モモは脱走を実行した。見つかりそうになる恐怖に怯えながら。そして彼はどうにか外の世界に繰り出すことに成功したのだった。
しかし外の世界は、彼の想像を超えて過酷な環境だった。ノアの家の場所が分からず、広大な道をあてもなくさまよっていると、野良の小人が生活する集落にたどり着く。見ず知らずの自分も快く受け入れてくれて、モモは久しぶりに人の温かさを感じた。ただ彼らは、人間を極度に嫌っていた。だからノアのことは話すことができなかった。
食料は、公園に来る人間たちが落とした物を拾っていた。ただそれは常に危険と隣り合わせだった。人間に見つかり、仲間を失うこともあったし、半日粘っても何も落ちてこない、なんてことはしばしばあった。彼らは、人間が吐き捨てた粘ついた飴玉をありがたがらなければならない身分だった。クッキーのかけらが手に入れば上等だった。
ある日、モモたちがいつものように直通のトンネルをくぐってベンチ下にやってきた時のこと。モモは、ベンチの外に見える靴が、ノアが履いていたものと同じであることに気づく。その中から伸びるニーソックスにも、朧げながら記憶にあった。それに、何より美しい脚だった。ノアに間違い無いと気づき、はやる気持ちのままに脚のトンネルをくぐっていく。潜り切って、振り返った時に見えたのは、半年前に見たのと変わらない、想い続けた乃愛の顔だった。
「ノアっ……!ノアーーっ!!」
半年前より汚れたスニーカーの爪先をよじ登り、その上でジャンプする。それでも彼女はスマホに夢中で気づく気配がないため、モモは意を決してニーソをよじ登り始めた。
やがて途中で、モモと乃愛の目があった。モモはようやく報われた思いがした。
瞬間、乃愛の表情が嫌悪に歪んだ。気づいた時には、モモは地面に激しく打ち付けられ、じりじりと視界を覆い尽くしていく擦り減った靴底を見ていた。
乃愛は、ペットのモモに対しては愛情を持っていたが、野良の小人は嫌っていた。不潔で、みすぼらしくて、みっともなくて、何より人前に出てくるのはたいてい老けている。そんなものが自分の脚をよじ登っていると分かった瞬間寒気がし、咄嗟に手で振り払ってしまった。
これが、モモが行方不明になって間もない頃の出来事であったならば、彼女はすぐに気づくことができたに違いなかった。しかし現実は、あれからもう半年が過ぎていた。乃愛はもう日常生活の中でモモのことをあまり考えなくなっていたし、モモはモモで、人間でいうとおよそ5歳分成長し──つまり、成人を迎え——、髪は乱れ、無精髭も生えていた。
そして、あともう少しモモのアクションが遅れていれば、彼は今頃あっけなく、乃愛のスニーカーの下敷きになっていたに違いなかった。
『モモ……?モモなの?』
『びっくりしたよ、モモ、別人みたいになっちゃって……』
「そ、そうかな……君はあまり変わらないね、あの頃のまんまだ」
『半年くらいじゃそんなに変わらないって。あ、でもモモにとってはすごく長いのかな……』
「うん。長かった。でも、1日だってノアのことは忘れなかったよ。本当に僕は、君に会いたくて……」
堪えきれずに泣き出してしまったモモを見て、乃愛は温度差を感じていた。まさか自分は今の今まですっかり忘れていたなんて、彼の前で言えただろうか?
無論、乃愛も彼が姿を消したその日は、その事実が受け入れられず、眠れない夜を過ごした。モモをさらった挙句再生数稼ぎの道具にしたかつての友人とも絶交した。モモに対する愛情は偽りのないものだった。
けれど、モモの信仰心にも似た一途な慕情は、11という不安定な年頃であり、中学受験を控えていた乃愛には重荷だった。モモのいない日常を過ごすうちに、彼女は少しずつそれを自覚していったのである。
「ノア、あの……久しぶりに君のキスが欲しいんだ」
『え……?』
「嫌……?」
『あ、いや。そういうわけじゃないケド……』
そう言いながら、彼女は内心では嫌がっていた。もともと自分のペットであったとはいえ、つい先程までその辺の地べたを這っていた小人。草むらで捕まえたダンゴムシに口付けをするのと何も変わらない。
せめて風呂に入ってからにして欲しい。でもそう指摘するのは身も蓋もない行為であるような気がしたし、言外に汚らわしいと言われた彼の気持ちを考えると、それは憚られた。
『……分かったよ。そのために頑張ったんだもんね?』
「ほ、本当?」
すっと乃愛の手がモモの前に降ろされた。モモはそれに歩み寄るが、なかなか乗り上がろうとしない。
「ご、ごめん。足が震えて……」
彼は緊張に震え、顔さえ上げられない状況だった。乃愛は見かねてつまんで手のひらに乗せてやった。
最後に彼女と口付けたのはいつだったか。もう2度と叶わないとさえ思っていた。
(ノア……)
ゴンドラのように、モモを乗せた手のひらはゆっくりと上昇していく。
(あ、ああ……あああ……!)
近づくにつれて、乃愛の唇は少しずつ大きくなる。乃愛の唇の虜になる。瑞々しくも生々しい、少女の唇。
そして、その唇に触れるのを許された時、彼はリビドーの赴くままに身を投じた。5年もの間抑圧されてきた血走るような彼のリビドーさえも乃愛の唇は包容した。触れて吸って舐めて、触れて吸って舐めて、彼は壊れた機械のように延々とそれを繰り返した。飽きの訪れない刺激的な行為だった(かねて繰り返してきた通り乃愛にとってはキス未満の退屈な時間でしかなかったが)。
事件が起きたのは、その後だった。
モモが舞い上がって唇の中に潜り込もうとした瞬間、彼の体は宙を舞い、多量の唾と共に手のひらに打ち付けられた。
反射的に、乃愛が吐き捨ててしまったのだ。もちろん、汚いものを口に入れたくなかったから。自転車を走らせている時、不意に空中を漂っていた羽虫が唇や鼻に付着した時に、咄嗟に吐き出すのと一緒である。
モモはしばらく、何が起きたのか分からずにいた。乃愛もまた、そんなモモにしばらく声をかけられずにいた。彼女が口を切るのは、開き直る気持ちが後悔を凌いだ瞬間であった。
『……いきなり入ってくんのが悪いんじゃん』
「ご、ごめん……」
『ううん、私の方こそごめん。ねーモモ、そういうのはお風呂入ってからにしよ?言わなかったけどかなりばっちい……』
そうは言っても、本当に乃愛がモモのことを愛していたのなら、体の汚れなど問題にせず彼のことを受け入れていたはずである。泥沼の中でのキスも厭わないのが大恋愛というものである。彼が傷心したのは乃愛に罵倒されたことよりも、やはり自分の片想いであることは今でも少しも変わっていないと理解させられたこと。これは後の会話であるが、
「僕はどこで寝ればいい?」
『あー、そっか……』
「前僕が住んでたところは?」
『ごめーん、あれ捨てちゃって……』
惨めにもモモは、当然あのドールハウスが今も乃愛の部屋に残っているものだと思っていたのだ。いつ自分が帰ってきてもいいようにと。この時モモは、自分がそれに返すべき反応をずっと探していた。結局正解が見つからずに泣いてしまったけれど。そして、かつての家を気に入っていたために泣いているのだと勘違いするほど、乃愛もまた馬鹿ではなかった。
「ご、ごめん、違くて、僕、これは……」
『泣かないで。ほら一緒に寝よ、ねっ?』
まるで泣きじゃくる子とそれをあやす母親である。
『とりあえず、明日新しいお洋服買いに行こ。それから、おうちだけど……モモはどうしたい?寝床が欲しかったら買うし、今みたいに一緒に寝るのでもいいし?』
「ノアはいいの……?」
『何が?』
「……一緒に寝るの」
『えー。変なことしなければ?』
「するよ、たぶん……」
『……』
「……ノア。愛してる」
『……』
「君に会えない日も、ずっと君のことを考えていた。」
「君の友達に踏まれた時も、足を舐めさせられた時も、これが君の足だったら、どんなに良かっただろうと考えていた。」
乃愛はモモの話が分からなかった。フェティシズムへの理解が浅いためであった。
「あのベンチの下で、人間の少年が落としたプラスチックのスプーンを這いつくばって舐めたことがあった。こびりついているのはアイスなのに生ぬるくて、味が薄くて、糊みたいにベタベタしていて……僕は考えたよ。これが君の使ったスプーンだったらって」
『分かんないよ。何言ってるか分からない……』
「つまり、それくらい君のことを」
『うん……』
しばしの沈黙が訪れる。乃愛が身じろぎ、布団がずれる音がした。
『あのね、聞いてモモ、』
『前はまだモモも子供で、私を好き好きっていうのも可愛げがあったけど、それで私も付き合ってたけど……』
『モモはもう大人でしょ?男の子じゃなくて、男性。私から見たら、10歳くらい違う大人の人なんだよ。もう私を好きなんて言ってちゃだめなの。そういうのなんていうか知ってる?』
『ロリコンっていうんだよ。』
乃愛はロリコンという言葉を最近塾の友達から教えてもらった。
『つまり、キモいことなの。』
「ノアには、僕の愛が気持ち悪いの?」
『そうじゃない。けど、変なことなの。』
「でも、それなら僕はどうすればいいの?」
「君が大人になる頃には、きっと僕はもう……」
『あ……』
乃愛と彼女は絶交になったため、あまり関係なかったが。
もともと2人にヒエラルキーの差はなかったが、どちらかと言えば乃愛よりも友達の方がクラスメイトの共感を得やすかったため、結果として乃愛がバブられるようになってしまった。悲しさや憤りを感じないわけではなかった。しかし、どうせ中学では別々になるのだと思えば、教室に行きづらさを感じるほどではなかった。
それに彼女にはモモがいた。友情と引き換えに取り返したモモ。彼はいいストレスのはけ口だった。思い通りにいかないことばかりに感じていた11歳の乃愛が、どんなことをしても幻滅せず一途に自分を恋い慕い続るモモに依存してしまうのは、無理もない話だった。しかし、それがモモにとってどれほどの負担になっていたか、この時の乃愛には想像できなかった。