5.5話 愛情表現と……
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親友のさくらちゃんと仲直りして、アオイちゃんの話題を共有していくことを約束したあの日から、特に目立った事件もなく、平和で、けれどちょっぴり他の子たちとは違った日常の中に生活していたあかねちゃん。
これは、そんなある日のこと。
「今度の日曜、私朝から家を開けることになるんだけど、その間留守番してられる?」
晩ご飯の時間、あかねちゃんのお母さんがお碗を片手にそう言いました。
「いいけど、どこか行くの?」
「昔の友達と久しぶりに会おうって話になってるのよ〜。あんたを連れていくわけにはいかないしねえ…」
「ん、おっけー。そういうことなら家のことは私に任せて、お母さんは楽しんできなよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。私に似ていい子になってきたんじゃない?」
「別に、もう六年生なんだから1日留守番くらいできるし、親の目を気にせずに好きなことができるんだから、断る理由なんてないよ」
「そんなもんかしらねえ…あ、でも男の子連れ込んだりしちゃだめよ?あんたくらいの年だって何があるか分かんないんだから」
「し…しないよ、そんなこと…」
こういいつつ、あかねちゃんは一瞬となりのクラスの黒田くんの顔を思い浮かべてしまい、それを振り払おうと小さく首を振りました。
(でも、好きなことかあ……あ、そうだ!)
「…ってことなんだけど、今度の日曜、朝早くから一緒に遊べないかな?」
その翌日、あかねちゃんは考えついたアイデアを、いつものように遊びにきていたアオイちゃんに伝えました。
これまで二人が会う時は大抵決まった時間で、しかもあかねちゃんの部屋の中で、といった具合でした。それは言うまでもなく、家にいることの多いお母さんにアオイちゃんを見られてしまうリスクを減らすためです。
だから、お母さんが1日家を空ける今度の日曜日は、普段使えないような場所で、しかも休日なので時間も気にせずに遊ぶことのできるまたとない好機だとあかねちゃんは考えたのでした。
「…さんせいっ!うわぁ…どうしよう、なんだか待ち遠しくなってきちゃった…!」
「ふふっ、そんなに喜んでくれると、私も提案した甲斐があったかな」
そしてアオイちゃんばかりではなく、あかねちゃんの方もまた同じような気持ちでいました。きっと今日から日曜までの間、二人だけの楽しくて素敵な1日をどのように過ごそうか色々に考えながら、二人は毎晩目を閉じることでしょう。
そして、いよいよ待ちに待った日曜日。
約束の時間にやってきたアオイちゃんを、すでに朝のルーティンを一通り終えたあかねちゃんが迎え入れ、お互いに少し慣れない様子で「おはよう」を交わし合う……というわけではありませんでした。
時刻は朝の7時。軽快な動きでベッドの上に登ったアオイちゃんの目の前には、目蓋を閉じて、まだ心地良さそうに枕に顔を預けている、とても大きなあかねちゃんの姿がありました。
(そういえば、朝から遊ぼうとは言ってたけど、何時頃からとは決めてなかったかも…)
なんだか自分だけ浮かれきっていたみたいで、アオイちゃんはちょっぴり恥ずかしくなってしまいました。けれど、このまま引き返す意味も見当たらなかったので、枕の上に登って寝顔を眺めつつ、あかねちゃんの目覚めを待ってみることにしました。
(それにしても…やっぱりきれいだなぁ、あかねちゃん)
このときのアオイちゃんは、自発的に眺めているというよりは、ほとんど見とれてしまっているような状態に近かったかもしれません。今まで彼女は、こうしてじっくりとあかねちゃんの顔だけを見つめてみたことがなかったので、一層強くあかねちゃんの顔の「きれい」さを実感させられました。
けれども、実感することじたいは初めてではありませんでした。最初に出会ったときから…いえ、それは言い過ぎなのですが、二人で時間を過ごすことが当たり前のことになった頃から、アオイちゃんはあかねちゃんに対して「きれいな女の子」という印象を持つようになったのです。もちろん、それで接し方が変わるということはありませんでしたが。
そういえば、いつだったかこんなやりとりもありました。あかねちゃんにごく自然な流れで可愛いと褒められ、アオイちゃんは照れつつも「…あかねちゃんの方こそ、とってもきれいだよ」と正直に伝えました。すると、「きれい、かあ…そんなの、言われたことないよ。でも、ありがと」と、少しも真に受けていない様子で、苦笑していたのでした。
きっと本当に、あの時言われたのが初めてだったのでしょう。お世辞だと最初から決めてかかるのは、自分がそのように褒められるはずがないという自信の無さの表れのように見えました。でも、アオイちゃんにはそのことがにわかには信じられませんでした。(どうしてだろう?あかねちゃんはこんなにきれいで、しかもすっごくいい子なんだから、モテモテでいたっておかしくはないのに…)
————
——
—
(起こしてみようかな…)
ふと、アオイちゃんにそんな気が起こりました。考えてみると、このままあかねちゃんが目覚めるまでじっとしていたのでは、寝返りなどに巻き込まれてしまう恐れもありますし、遊べる時間もどんどん少なくなっていってしまいますし、そうしない理由が見当たりません。
そーっと、あかねちゃんの大きな顔の一点に手を近づけていきます。手の上や膝の上に乗せてもらったりなど、肌の触れ合いは何度もしてきました。けれど、アオイちゃんが自分から触ろうとして、あかねちゃんの体に触ったことは一度もありません。(逆の場合…ときどき、あかねちゃんが意味もなくアオイちゃんの体を触ることはあります。でも、アオイちゃんはあかねちゃんに触られるのが嫌いではないので、文句を言ったことはありません。)
だからなのか、ほんの少しだけその手に緊張が込められています。あと数センチ……あと数ミリ……
そして、そのちっちゃな手がついに、あかねちゃんの頬に触れようかというその時でした。
≪ピピピ!おはよう!あさだよ!きょうもいちにちがんばろう!ピピピ!あさだよ!きょうもいちにちがんばろう!ピピピ!≫
(っ……!?)
突如鳴り始めたその音に、とっさに伸ばしていた手を引っ込め、心臓は止まってしまいそうになるほど、アオイちゃんはびっくりしてしまいました。
普段からあかねちゃんといっぱいお喋りしていますし、言葉が分からないということは決してありません。でも、アオイちゃんにとって確かにそれは「音」でした。私たちの身の回りにあるもので言えば、消防車や救急車のサイレン、緊急地震速報のチャイムのような、何故か聞いていて不安を掻き立てられるような音……いくら声の形を取っていたって、アオイちゃんにとってはそのような音となんの違いもありませんでした。
(あわわ…わ、私があかねちゃんに触ろうとしたからだ……)
ごめんなさいごめんなさいと心の中で謝っても、どこにあるかも分からない音の発信源には伝わってはくれません。
そして。
「…ん…んぅ〜〜〜っ……!」
六回目くらいの「ピピピ!」が鳴り終えた頃、ようやくあかねちゃんは目を覚ましました。
そして、体を起こし、めいっぱい伸びをしてから再び枕の方に目を向けてみると、その上には何か小さな影が乗っているではありませんか。
まだしょぼしょぼとしている目を軽くこすって、あかねちゃんはようやくその正体に気づくことができました。
「…………はれ、アオイちゃん……おはよぉ……早いね……ふぁ」
「あ、あはは……今きたところ、だよ…」
ふらふらと寝ぼけまなこでいるあかねちゃんとは対照的に、アオイちゃんは目を大きく見開いたまま、腰を抜かして動けなくなってしまっていました。
だって、あれほどアオイちゃんを動揺させたあの音とは比べ物にならないくらいに、至近距離から見たあかねちゃんの起床の動作には、すさまじい迫力があったのですから。
「あはは、そっか、そりゃびっくりしちゃうよね。あれは目覚まし時計って言ってね…」
顔洗いとお着替えを済ませたあかねちゃんは、アオイちゃんを手に乗せて運びながら食卓に向かっていました。
ちなみにあの目覚まし時計は、あかねちゃんが一年生の頃に通信教育の付録として送られてきたもので、それを今でも大事に使っているのです。途中、他の目覚まし時計に変えてみたこともあったのですが、音が大きすぎるものは寝覚が悪くなってしまうし、かといって小さければ起きられなくなってしまうということで、あの目覚ましがちょうど良いのだそうです。
あかねちゃんの話を聞いているうちに、アオイちゃんの気持ちも次第に落ち着きを取り戻していきました。でも、音のことは伝えても、あかねちゃんが体を起こす動作を怖がってしまったことは、打ち明けることができませんでした。それは、一緒にメロンを食べたあの日と似ているようで、少し違った事情からでした。楽しい1日の始まりに水を差すようなことをしたくなかったのが一つ、そしてもう一つは……この時点ではまだ、やっぱりアオイちゃんには分からないのでした。
食卓につくと、あかねちゃんは一枚の置き手紙を見つけました。
「朝ごはんは自分でつくってください。レシピは下に書いてあります……って、私が作るの?えぇー…」
あまり気が進みませんでした。なぜなら、あかねちゃんは料理というものを、家庭科の時間以外では一切やったことがなかったからです。だからこそ、お母さんはいい機会だと思ってこんな手紙を置いていったのかもしれませんが…。
「私、あかねちゃんが作ったご飯食べてみたい!」
「……」
気が進まない…そのはずなのに、テーブルの上のアオイちゃんが目をキラキラさせているのを見た途端、たちまちやる気がこみ上げてきたのを、あかねちゃんは自覚しました。
期待してくれるのがうれしい。その期待に応えてあげたい。
これまで料理をすることもなく、しようとも思わなかったのは、そういった気持ちが…自分が作った料理を食べてもらいたいと心から思える人が足りなかったからなのかもしれません。
「…よし」
あかねちゃんが台所でご飯を作っている間、アオイちゃんは邪魔にならないようダイニングテーブルの上にぽつねんと座って待っていました。ここから台所までは距離としてはだいぶ離れていますが、遮る物がほとんど無いため、料理をするあかねちゃんの後ろ姿は問題なく眺めることができます。
三角巾にエプロンという姿がなんだかとても初々しく、動作もたどたどしくて、いつも穏やかで落ち着いているあかねちゃんに見慣れているアオイちゃんの目には新鮮に映りました。
そんなあかねちゃんをこうしてずっと眺めているのも悪くはないと感じていましたが、台所の方から漂ってきた匂いから、朝ごはんが完成に近づいていることを知りました。
(おいしそうなにおい……)
これはきっとスープかな、などと想像を巡らせながら、お鍋と睨めっこしているあかねちゃんの後ろ姿をぼんやりと眺め続けていた、その時でした。
(……え)
その瞬間。最前まで食欲をそそっていた匂いも、嘘のように分からなくなりました。もっとも、分からなくなったということすら、アオイちゃんは分かりませんでした。それほどまでに、今起きていることが、アオイちゃんには信じられなくて。
お鍋の中身を小皿ですくって、味見をするあかねちゃん。その姿に、小さな頃毎日のように見ていた、料理をする母の姿が重なって見えたのです。
「…うん!できたよアオイちゃん!おまたせっ!」
アオイちゃんははっとしました。その声がした頃にはもう、あかねちゃんはあかねちゃんとして、しっかりとアオイちゃんの目に映っていました。
(なんだったんだろ…)
「どうしたの?ぼーっとして」
「ちょ、ちょっと考え事してただけ!それより、早く食べたいっ」
「はーい、今並べるからちょっと待ってね」
流石にあかねちゃんがお母さんに見えた、とはなんとなく恥ずかしさもあって言えませんでした。
確かに似ているところはありますけれど、考えてみればあかねちゃんとアオイちゃんのお母さんでは年齢も大きさも離れ過ぎていますし、本来重なるはずもありません。
きっと、誰かの手料理を食べたことなんて、お母さんが病気で亡くなって以来一度もなかったので、たまたまそれがあかねちゃんを映す自分の目に反映されてしまったのだと結論づけて、以降は目の前に並べられていく朝ごはんのことだけを考えることにしました。
ベーコンエッグ、盛り付けのトマト、トースト、それに野菜スープ。簡素な、ある意味で朝ごはんにはふさわしいメニューでしたが、それでもあかねちゃんにとっては決して朝飯前・ ・ ・に作ることができるようなものではありませんでした。だから当然、味への心配も付いて回っていました。
「おいしい、おいしいよあかねちゃん!」
けれど、そんな心配を吹き飛ばしてしまうくらい、アオイちゃんはあかねちゃんの作ったご飯を喜んでくれていました。
思えばその笑顔が、あかねちゃんがのちに料理に目覚めることになる第一のきっかけであったのかもしれません。
朝食を終えて、鍋やお皿の片付けを済ませたら、後に残っているのは二人で思う存分に遊ぶことのできる時間です。最初は庭に出てかくれんぼをやりました。もちろん、隠れるのはアオイちゃんで、鬼をやるのはあかねちゃんです。どこかからかわいい悲鳴が聞こえてきて、アオイちゃんがちょうど同じくらい小さい虫に襲われているのを発見したときは肝を冷やしましたが…(虫はあかねちゃんが追っ払いました)。
それから、アオイちゃんを{家|うち}の中のいろいろな場所に連れて行ったり、はしゃぎ声が聞こえるのも気にせずにボードゲームなどを楽しんだり、ゆったりとソファでくつろぎながらおやつを分け合ったり……二人だけの楽しい時間が、あっという間に過ぎて行きました。
窓の向こうから「遠き山に日は落ちて」のメロディが聞こえてきた頃、二人は静かな面持ちで、テレビの画面に目を向けていました。
流石に遊び疲れて、いつもみたいに二人でのんびりとお喋りをしていたところ、あかねちゃんはアオイちゃんがテレビを見たことがないということを知って、家にあるDVDの中から何か観せてあげようと思ったのです。
そうして選んだのが、クイールという盲導犬のお話。これは、あかねちゃんが好きな映画の一つです。他にもたくさん見せたい映画やアニメはあるのですが、展開の激しいものは見ていて疲れてしまうと思ったので、今回はこの映画をチョイスしたというわけです。
「なんか、ちょっとだけ犬が可愛いって気持ちが分かってきた…かも」
「でしょ?」
お話も中盤に差し掛かったというときに、手のひらの上でアオイちゃんはぽつりとそうつぶやきました。
「テレビってすごいね。あかねちゃんが…人間さんが見てる世界って、こんな感じなのかな」
すると今度は、あかねちゃんが感心する番でした。確かにアオイちゃんにとっては、テレビは映像を映し出す機械であるのと同時に、人間の目が捉える世界の共有を実現する、魔法の道具のようなものかもしれません。
この話を読んでいる人も、おそらく一度は映画館というものに行ったことがあるでしょう。
例えば、高さが8メートルほどのスクリーンがあったとします。ならばその画面に映し出された俳優もまた、8メートル相当の高さということになるでしょう。
でも、私たちはそれほどに大きいスクリーンを通してアクション映画を見ている最中に、「身長8メートルの巨人が戦っている」などとはただの一瞬だって思わないはずです。
アオイちゃんから見れば、 30インチほどのモニターでさえ、映画館のスクリーンにも劣らないような大きさでしょう。そしてこの時のアオイちゃんにもまた、前に述べたのと同じような現象が起こっているのです。画面の向こうで活動しているのは確かに人間であるはずなのに、どうしてかその人間たちを、人間をとりまくあらゆるものを、「巨大なもの」として捉えることができないのです。そばにいるあかねちゃんは、こんなにも大きな存在であるというのに…。それは映像というメディアが、人間以外の観測者の排除によってでなく、あらゆる観測者を一時的に人間化させることによって、「人間の、人間による、人間のための映像」という形をなしているからに他なりません。
ようするに、この映画を見ている間だけは、アオイちゃんは人間の視点を持つことができるのです。あかねちゃんはこのことに、もっと漠然としてはいますが、感動を覚えました。
「私が、アオイちゃんが見てる世界を知る日は来るのかな?」
あかねちゃんはそうなることに、いつ頃からかちょっとした憧れを持つようになっていました。例えば今見ている映画に出てくるようなワンちゃんの上に乗って旅をしたらどんなに楽しいだろうだとか、食べても食べてもなくならない巨大なメロンのことだとか……そして、実際のところ自分が、アオイちゃんにはどんな風に見えているんだろう、だとか考えるのは、あかねちゃんにとっては楽しいことでした。
「…そんないいものじゃないと思うよ」
けれどアオイちゃんの返事は、存外に素っ気ないものでした。あかねちゃんはこれを、単に自分にも見られるような、新しい世界への期待の裏返しとしての既存の世界への倦怠だと解釈して、テレビの方に向き直りました。
そして、物語がもう少し進んだ頃。
「ねえ、あの子はなんであんなことしてるの?」
アオイちゃんがそう聞くのは、盲導犬がベンチに腰掛けた飼い主の手を繰り返し舐めていることを指してでした。
そんなのは聞くまでもないことだとあかねちゃんは思っていましたが、確かに犬や猫でさえ天敵であるアオイちゃんにとっては、馴染みのない仕草かもしれません。
「あれはね、飼い主の人のことが大好きっていうサインなんだよ。…って、勝手に人間がそう汲み取ってるだけかもしれないけどね」
「へぇー…」
説明をそこそこに、あかねちゃんはまたテレビの方に目を向けました。実はアオイちゃんの「へぇー」は、映画を見始めてからもう何回目になるのか分かりません。あまり会話を挟みすぎると内容に集中出来なくなってしまうのではないかと心配している反面、アオイちゃんが人間の世界の色んなことに興味を持ってくれているのは嬉しくもありました。
「んっ…」
そんなとき、あかねちゃんは「C」の形に折り曲げていた人差し指の先に、くすぐったさのようなものを感じました。
何かと思って見てみれば、アオイちゃんがか細い両手であかねちゃんの人差し指を支えて、その先っぽに顔を寄せて、小さな舌でちろちろと舐めていたのです。
「く、くすぐったいよアオイちゃん。どうしたの?」
あかねちゃんが聞くと、アオイちゃんははにかんだような笑顔でこう言ったのでした。
「えへへ、私もあかねちゃんのことが大好きだから…」
お母さんが帰ってくる時間になって、アオイちゃんと別れたあとも、あかねちゃんはずーっと、ほんのりと湿った指先のことばかり気にしていました。洗ったり拭いたりするのはアオイちゃんに悪いし、別に自分がそうしたいわけでもないのですが、かといってそのままにしておくのもなんだかいけないことのような気がして、どうするのが正解なのか分からないという調子でした。
アオイちゃんが指先を舐めている間、あかねちゃんは何も言うことができませんでした。だから、アオイちゃんの方も何も言わずに、しばらく同じように舐め続けていました。それは、今までに感じたことのない種類の沈黙でした。
時間にすれば、たったの30秒ほどだったかもしれません。けれどそのたった30秒の出来事が、指に受けた小さな舌の感触が、友達のアオイちゃんが自分の指をひたむきに舐めているという図がいつまでも頭から離れなくて、30分ほど残っていた映画の内容は、少しも頭に入ってきませんでした。
そして、犬や猫に同じように舐められたってこんな風にはならないということも、あかねちゃんにはなんとなく分かっていました。