7.5話 気になるあの子と……

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「ねーげんさん、修学旅行私と一緒に行かない?」


大事な話があるといって、突然人気のないところに半ば無理やり連れてこられたものだから、何を言い出すかと思えば、これです。


「はあ?なんでお前なんかと……」


別にまだはっきりと誰と行くと決めていたわけではありませんが、このさくらちゃんという女の子とだけは、何があっても一緒に行きたくないという思いは、意識的に持つようにしていたというよりは、もはや確認するまでもない当たり前のことであるかのように持っていました。

別にさくらちゃんのことが嫌いなわけではありませんが、それでも彼女と長い間付き合っている人間であるからこそ分かるのです。こいつと行ったら一生に一度の修学旅行がめちゃくちゃになる、と。


「ふーん、そんな口聞いてもいいのかなあ?」


もちろん、そんな黒田くんだから、彼女のこの「ふーん」から、何か良からぬものを察知することだってできたので、即座に(どんなことを言われたって動じるもんか)とディフェンスの心構えをとります。ですが……


「私、すでにあかねと一緒の班になるのを約束してるんだよねえ~」

「…!」


続くさくらちゃんの言葉は、彼が瞬時に打ち出した数パターンの予想のどれにも当てはまりませんでした。完全に虚をつかれた彼は、分かりやすくたじろいでしまい、さくらちゃんのおちょくり笑いの恰好の的になってしまうのでした。

 


ここまで述べれば、勘のいい人ならもう察することができたかもしれません。黒田くんは、さくらちゃんの旧来の友人である、隣のクラスの女の子……あかねちゃんのことが「気になって」いるのです。そしてその心のうちを知る者は、世界でただ一人、さくらちゃんだけなのでした。

 

 




「……何が目当てなんだ」

「そんなつもりじゃないって。私はただ、黒田クンの恋を応援してあげたいってだけなんだけどなあー」

「もうちょっと顔に説得力を持たせて言え、顔に」


ゴシップ大好きなさくらちゃんは、実際おかしくてたまりませんでした。両想いなのに、お互いがお互いの想いに気づいていない。しかも、そんな状況を知っているのは自分だけ。こんなに面白いことが他にあるでしょうか?

とはいえ、彼女はただ自分の興味本位で、今回の行動をとったわけではありません。1番の親友であるあかねちゃんの初恋を応援してやりたい、という気持ちがその裏にはあるのです。あかねちゃんが文句を言えずにいる時は、かわりに自分が彼女の口になってやる。あかねちゃんが一歩を踏み出せないでいる時は、かわりに自分が足になってやる。さくらちゃんはいつだってそうしてきました。


「どう?一緒に行く気はない?」

「…分かった。乗らせてもらうよ」

 





表からは、下校する児童たちの声が流れてきています。その中に、あかねちゃんの声は混じっているのでしょうか。さくらちゃんは彼女に委員会があると伝えて、先に帰らせておきました。委員会は実際あったのですがサボりました。


「あかねのどこがそんなに好きなの?」

 

「そうだな……やっぱりあのトゲのない感じがいいよなあ。あと、真面目なところ?他のやつが掃除サボってたりしても、自分だけ残ってそいつらの分までやってたり。4年で一回一緒のクラスになっただけだけど、そういうところ偉いと思うんだよ」

「ほうほう…」

(くぅーっ、めっちゃあかねに聞かせてやりたいっ…!)

「あと、お前と昔から友達でいるってだけで、すげえいい子なんだなあってのが分かるよ。幼稚園からって、はっきり言って信じられん…俺が同じ立場ならどれだけ長くても小3あたりで縁切ってる」

「それはよくわかんないけど…でもまあ、実際あかねはいい子だよ。いい子だから、私が悪い子の見本になってやってるんだけど、あんまり効果がなさそうなんだよねえ」

「お前みたいなのを悪友っていうんだろうな」


黒田くんはふいに空に視線を外すと、思い出したようにこう言いました。


「…それと、カワイイじゃん、あいつ。これも四年の時の話なんだけど、忘れ物を取りにたまたま入った夕焼けの教室で、一人窓際で花瓶の水換えてるのを見かけてさ、初めてドキッとしちまったんだよ……何言ってんだ、オレ」


いつになく歯切れの悪い黒田くんを、さくらちゃんは茶化そうとは思いませんでした。さっきまでは本人に聞かせたくてたまりませんでしが、今となってはそんな気も起こりません。聞かせるのなんて野暮なのです。


(よかったね、あかね。見てる人はちゃんと見てくれてるんだよ)


かわりに、さくらちゃんの心の中にいるあかねちゃんに、そう教えてあげました。


「てか、それじゃあ四年の頃から好きだったってこと?」

「ん、まあな……悪いかよ」

「いーや?一途でいいじゃん。てかそんなに長いこと好きならいい加減積極的になればいいのに」

「そうは言うが、クラス変わってから話す機会なんてほとんど無いし、お前と首藤が仲良く喋ってる時に、いきなり俺がずけずけと入っていくなんてのも変だろ…?」

「意外と気にしぃなんだね。ま、私は恋なんてしたことないからなんとでも言えるんだけど」


でも、そんな停滞も今日のことでようやく解消に向かい始めるでしょう。そして、さくらちゃんが手助けしてやれるのはおそらくここまで。ここから関係が進歩していくかどうかは、二人次第です。

 

 




「あーっ!こんなところでサボってた!みんなー、さくらこっちにいるよ!」


その時、唐突に背後からよく通る声が聞こえてきました。見ると、気の強そうな眼鏡の女の子が、向こうにいるのであろうその他の仲間たちに合図を送っています。彼女はサボりのさくらちゃんを捕まえにきた、美化委員の委員長さんです。


「やば、見つかった。じゃ私は逃げるからあとよろしく!」

「え、ちょっ…」

「「「待ちなさーいっ!!」」」


黒田くんが言い切るまもなく、さくらちゃんは光の速さで去っていき、後から現れた3人の追手がその横を通り過ぎていきました。

立ち尽くしている黒田くんの肩に、誰かの手がぽんと置かれます。振り向くと、先程の眼鏡の子が、とてもすばらしい笑顔をうかべて立っていました。黒田くんはなぜかそのとき、別のクラスに”女帝”と恐れられている女の子がいる、という話をいつか小耳にはさんだのを思い出しました。


「さくらが捕まるまで、あなたには捕虜として働いてもらおうかしら」

「え……い、いや俺は関係な」


言葉を遮るように右腕が掴まれます。華奢な腕からは想像できないほどの力がそこには働いていて、黒田くんが必死の抵抗を試みてもびくとも動きませんでした。

 


「さ、いきましょっか♪」

「は、はなせ!くそ!な、なんで俺がこんな目に~~~~~~~~~~!!!!!」

 


物のように引きずられながら、黒田くんは今頃になって、あかねちゃんと一緒なこととさくらちゃんと一緒なことをもっとしっかり天秤にかけて決断するべきだった、と後悔するのでした。