口の中からぺっと、味のなくなったガムのようにハルが吐き出されます。べとべとになったからだを、女の子はそばに置かれていたタオルケットで拭いてくれました。
タオルケットにくるまれるのは、女の子のにおいにくるまれるのとほとんど同じ心地でした。体液でも吐息でもなければ、使っていた石けんのにおいでもない、混じり気のない体臭としての女の子のにおい。ただ嗅いだだけでは分からなくても、こうしてタオルケットにくるまれていれば、そこに染み込んでいる女の子の体臭がいやでも鼻に入り込んできます。ですがいやなにおいでは決してありませんでした。そしてこの女の子のにおいをいやではないと感じてしまっていることが、ハルにはやはり悔しいのでした。
「今日はこの辺にしといてあげる」
ハルのからだを優しくふきふきしながら、女の子が言ってきます。
「なあ…もう俺を逃がしてはくれないのか?」
「もちろん♪」
ハルががっくしと肩を落とすのを見て、女の子はすぐに付け加えます。
「ご飯は毎日食べさせてあげるし、お願いだって私にできることだったら聞いてあげるし…お風呂だって入れてあげるし♡案外私に飼われるのだって悪くないと思うよ?」
お風呂、の部分を一瞬想像しかけるハルでしたが、それよりもまず聞いておかなければならない部分があることに気がつきました。
「お願い聞いてくれるって、本当か?」
「逃がしてくれ、とかは無しだよ?」
もし、女の子が自分の頼みを聞いてくれたら……逃げるよりも先に、やっておくべきことがハルにはありました。
「あの鞄をどけてほしい」
「どうして?」
「穴が塞がって、妹が閉じ込められてしまってるんだ」
「え…それは大変」
女の子は存外、心配そうな表情を見せていました。すぐにハルを手に乗せて、鞄のあるところまで寄って行きました。
「あー…これは確かに小人さんには動かせないよね…」
女の子にとって、普段から持ち歩いている鞄には違いありませんでしたが、手の上で、まるでビルの屋上から地上を見下ろすような体勢で鞄を見ている小人が、その鞄を持ち上げている姿はどうしても想像できません。
「でも、妹がいる場所を私に教えて良かったの?その子のこと見つけたら、私、おんなじように捕まえちゃうよ?」
ハルは、はっとしました。確かに頼みは聞いてくれるようですが、ハルたちの味方になったわけでもないのです。どんなにきれいごとを述べたところで、女の子がハルたちを捕まえようとする限り、ハルたちの敵であることに変わりはありません。
「…それでも、あいつをこのまま1人にしておくことは、俺にはできない」
確かに、女の子が勝手に鞄を動かすのを待つという手もありました。それなら、捕まるのはハルだけで、ロコは逃がしてあげることができます。
ですがそうなれば、そのまま旅を続けるにしろ中止するにしろ、これからはロコは一人で自分の身を守って行かなければならないのです。まだ13歳と幼い女の子であるロコに、そんな力は備わっていません。
そして、自分が一人になったとロコが知ったとき、ロコはどんな心境でその事実を受け止めるのでしょうか。換気口の中で、一人で出て行こうとしたハルを引き止めたときのロコの様子を思い出していました。
「ふうん…シスコンなんだね」
「なんでそーなるんだ!」
もし、捕まったことでロコに恨まれたら、ハルはその恨みを甘んじて受け入れるつもりでいました。そして、捕まったとしても、二人でまた脱出の方法を探せばいい、と思っていました。
ハルの返事を受けて、女の子は壁際に居座っている自分の鞄に手をかけました。鞄をどかすと、ハルの言葉通りに、小さな穴が現れました。しばらく二人でじいっと穴の入り口を見ていましたが、何かが出てくる様子はありませんでした。
「出てこないね」
「下ろしてくれるか?」
「逃げない?」
「逃げたら、どうなるか分からんからな…」
降ろしてもらうと、穴のもっと近くまで寄って行きました。
「ロコ、無事か?」
祈るような思いで声をかけました。すると、声の少し後で、壁の裏からこちらを覗うように、ひょっこりと小さな顔が出てきました。
「ロコっ!」
ハルがもう一度名前を呼んで駆け出したのと同じタイミングで、ロコもそれまで警戒の色の強かった表情を崩して、ハルのいるところまで駆け寄ってきました。
「おに……っ!」
2、3歩踏んだところで、ロコの目にぶわっと涙が溢れました。二人のしるえっとが重なったとき、その涙はもう抑えが効かなくなっていました。
「おいおい、そんなに泣くことないだろ?」
「だって、だって…!もう二度とお兄ちゃんに会えないんじゃないか、って…!」
ハルは肩でロコの顔を受け止めていました。そしてロコの体を、もう二度と放すもんかと、固く、固く抱きしめます。
しばらく抱き合っていた2人を、女の子は素直な感動をもって眺めていました。同時に、無意識とはいえ、ロコを一人であんなところに閉じ込めてしまったことに罪悪感を感じていました。だから、ロコがひょこっと顔をあげて、自分の顔を見たまま固まっていたとき、女の子は少しでも安心させてあげたくて、にこっと笑い返しました。
その笑顔が、ロコの目にはどんな風に映っていたでしょう。突然がくがくと震えだしたロコに、ハルは何事かと尋ねました。
「お、お……お兄ちゃん…うしろ……」
もうすっかり青ざめて、ロコはハルの背中の向こうを指さしていました。ハルはようやくロコが何を怖がっているのか察しました。
「ごめん、ロコ…お前が閉じ込められてる間に、あのガキに見つかってしまったんだ」
聞いても整理がつかないのか、ロコはなにも返事をしません。
すると、女の子が手のひらを、二人のすぐ前に降ろしてきました。「乗って」ということでしょうか。
ハルはすぐに乗るわけにはいきませんでした。一緒に連れて行くのが良いのか、それとも、女の子の機嫌を損ねることになっても、怖がる妹をかばってあげるべきなのか…決断を迫られていました。せめて、何か声をかけて少しでも落ち着かせてあげようと振り向こうとしたとき、ハルの右手を、ひと回り小さな手が、ぎゅ、とにぎってきました。
「お兄ちゃん、私は大丈夫だから…行こう?」
握ってくる手は依然として、少し震えていました。でも、同時にその手には確かな力を感じました。恐怖に打ち勝てるような力ではまだないけれど、恐怖に立ち向かっていこうとする、強い意志の力。ハルは、その力を……ロコを、信じてみようと思いました。
ハルに続いて、ロコが恐る恐ると行った感じで女の子の手に足を乗せます。二人が完全に乗りきると、ぐぐっと手のひらが持ち上がって行きます。慣れないロコは、反対にすっかり慣れて落ち着き払っているハルの体にしがみついています。
「私たち、やっぱり捕まえられちゃうのかな…」
ハルの体に寄り添ったまま、遠くまで広がっている手のひらの大地を眺めながらロコが呟きました。
「俺を、恨んでくれて構わない…」
ロコは黙って首を横に振りました。
「…良いの。私は、お兄ちゃんが無事でいてくれたら、もう、それでいい」
「ロコ…」
兄に心配をかけまいと、ロコはハルの体からぱっと離れて、手の色々なところを観察して回りました。
「それにしても、ほんとにおっきい…これが人間の手のひらなんて、やっぱり信じられないよ」
手のひらの乗り心地にも慣れてきたようで、その驚く声には、ちょうど好奇心の強い女の子が何か新しい発見をしたときのように、ほんの少し楽しげな色が混ざっていました。そんなロコの姿をハルが見守っている頭上で、女の子もじっと、自分の手と、女の子の指の一本を交互に見比べているロコのことを眺めていました。
(かわいい…)
試しに、ロコのすぐ前に立っている指をくい、と動かしてみると、ぱたっと後ろに崩れて、また先ほどのように小さく震え出してしまいました。それを見た女の子はぞくぞくと体が高揚に震えるのを感じないでもなかったですが、それよりもかわいそうとか、気の毒とか、悪いことをしてしまったという気分の方が勝っていました。女の子がロコに感じたかわいさは、ハルに感じていたいじめたくなるかわいさともまた違っていたようでした。守ってあげたくなるかわいさ……女の子は改めて、自分のもとにおいて、この小さな命を守ってあげなければならない、と感じました。
そして、あわよくば自分にだけは心を開いて、色んなお話、遊びができるようになっていけたら……。体の大きさは違うけれど、ロコが自分と同じ年頃の子であることは、女の子には分かっていました。
二人はやがて机の先に下されました。顔から下は机の下に隠されていて、ハルたちには目の前の女の子の大きな顔が、まるで水平線から登ってくる太陽のように見えていました。
「はじめまして、ロコちゃん♪」
「あ…いえ…」
地球が自転するみたいに、女の子の顔がぐぐっとハルの方に向けられます。
「えっと、小人さん…じゃなくて」
「…ハルだ」
「ハルくん、よろしくね!」
女の子のふれんどりぃな笑顔に、もちろんハルは応えません。
「あの…わ、私たち、これからどうされちゃうんですか…?」
「二人とも、これからは私と一緒に暮らすの」
おっかなびっくりで聞いてくるロコに、女の子はつとめてやさしく、諭すように答えてあげます。
「それって、私たちがしぬまでずっと、ってことですか…?」
「…嫌?」
おかしい点を指摘されたようで、女の子はついムッとして返してしまいました。たった今、自分の言葉が、小人のことなんてすぐにでもしなせてしまえそうな女の子の気分を害してしまったのだと思って、がたがたとロコの全身が震え出しました。涙が勝手に目から流れてきました。ロコの方も、そして女の子の方も、やってしまった、と思いました。
「ぁ……」
ようやく絞り出した声はそれだけで、あとはもうずっと恐怖に飲み込まれていました。言葉はなくても、ロコのそんな様子がそのまま女の子の質問に対する答えになっていました。
「分からないなぁ…外は危険がいっぱいで、私の家で守られていた方が絶対に安全なのに」
女の子は調子が狂ったというふうに、指先でぽりぽりと頬のあたりをかいていました。
「確かにそうかもしれない…でも俺たちは、旅の途中だから、ずっとここに居座っているわけにもいかない」
とても喋れる状態ではないロコに代わって、ハルが答えます。
「旅…?どうして旅なんかしてるの?それってそんなに大事な旅なの?」
そういえば、どうして急に自分の家にハルたちが忍び込んできたのかも、女の子はまだ聞いていなかったのでした。
「俺たちの両親は、人間にさらわれた」
「え…」
「今、どこで何をされているのか、無事でいるのかさえもわからない…だからこうやって、旅をしながら手がかりを探しているんだ」
説明はそれだけでした。でも、ハルの声の調子から、どれほどの覚悟を背負っているのかは、十分に伝わってきました。
ハルたちが人間に両親をさらわれたということには、女の子も同情を抱きました。そして、自分がハルたちにしようとしていたことは、その人間と同じだということだって、頭では分かっていました。
……それでも、女の子は、このかわいい小人たちを……一生に一度しかないであろうこの出遭いを、逃したくありませんでした。
「…そんな事情、わたしにはカンケーないしっ」
小人たちを机に置き去りにして、女の子はベッドに飛び込み、布団で全身を覆い隠してしまいました。部屋の電気も消えて真っ暗になり、どうすることもできなくなったハルは、側でまだ震えていたロコの頭をぽんと撫で、とりあえず、今は俺たちも眠ろうと言ったのでした。
ハルたちも机の上ですっかり寝静まっていた頃、女の子は夢を見ていました。とても、おそろしい夢です。自分と、お父さんと、お母さん…家族3人で、どこだか分からないのどかな道を、楽しく喋りながら歩いていました。そこに突然、どこからともなく、もう一人の「女の子」が現れたのです。顔も、髪型も、きている服も、女の子と全く同じ…ただ、女の子と決定的に違っていたのは、身体の大きさが、通常の50倍あまりもあるところでした。突然の展開に混乱していたのはその場で女の子ただ一人だけで、その巨大な「女の子」は、現れた時には既に狙いを定めていましたし、両親は、自分たちの運命を悟って、二人で女の子のことを庇うような体勢になっていました。巨大な「女の子」はぬうっと両手を伸ばしてきて、あっと言う間に両親をさらっていきました。恐怖に腰が抜けてしまっていた女の子でしたが、あの巨大な「女の子」の背中が自分の視界に収まりきるくらい離れたとき、初めて、両親がさらわれたということを理解しました。女の子は全力でその背中を追いかけました。けれど、走っても、走っても、走っても、走っても、走っても、走っても……どういうわけか、背中が全く近づきません。それだけではありません。追いついて、一体どうするというのか……あんな馬鹿でかい怪物から、一体どうやって二人を取り返せばいいというのか……考えているうちに息が切れてしまい、どこかの地面で崩れ落ちました。もう、あの巨大な「女の子」の背中は見えません。ただ、その場の風景が広がっているだけでした。
時間が、止まってしまったような感覚でした。止まっていないことを証明するものは、ただ一つ、女の子の頬をむなしく伝う涙でした。 圧倒的な存在に対する恐怖…どうすることもできなかった悔しさ、無力感…そして、大好きな両親にもう会えないという絶望的な悲しさ、寂しさ…それら全ての感情が混じり合った涙は、止まることを知りませんでした。
目を覚ましたとき、女の子は自分の部屋のベッドの上に戻っていました。何よりもまず、あれが夢であったと分かって、深い安堵を覚えました。目を拭うと、まだ目に涙が溜まっていたのが分かりました。
起き上がって、何気なく机の上を見てみると、既にロコが起きていて、まだ横たわっているハルの体を揺すっているようでした。
「おはよ…何してるの?」
声をかけた後で、涙の跡に何か思われやしないかと焦りましたが、ロコにそれを気に留めた様子はありませんでした。
「あ…おはようございます、ちょっと、お兄ちゃんを起こそうとしてたんですけど、なかなか起きなくて」
「ふうん…ハルくんってちょっとだらしないんだね」
どこかで聞いたような台詞にくす、とロコが笑いました。
「昔から治らなくて、いつも私が起こしに生かされて…ほんと、困っちゃいます」
そうは言っていますが、ハルを起こそうとしているときの顔はどこか楽しそうで、全然困ってなんていなさそうでした。
自分が二人の身を守ることができても、この笑顔はきっと、ハルとロコにしか守ることができないのだと、女の子は気づかされました。
「こうすれば、たぶん簡単に起きるよ」
寝ていたハルの体を摘んでひょいと持ち上げると、ワンテンポ遅れて驚きの声をあげ、手足をばたばたさせ始めました。
「ガキ!なんのつもりだ!」
すっかり眠気の取れたハルの声を無視して、女の子はまたロコの方を向きました。
「ほら、もう起きてるでしょ?」
「あはは…それは私には無理です」
女の子の目に残っていた涙が、ちょっとずつ乾き始めていました。
「ところで、学校には行かなくて良いのか?」
宙吊りから解放されたハルが言いました。
「今日は日曜日だから、学校はお休み」
なるほどそうかとハルは納得しました。実はハルもロコも以前は小人の学校に通っていたのですが、両親がさらわれてからは学費を払えなくなって学校を辞めていたので、それからほとんど曜日の感覚がなくなってしまっていたのでした。
しかしその後で、ある疑念を抱きました。
「それって…もしお前に鞄をどかして貰っていなかったら、ロコは明日までずっとあの穴に閉じ込められていたかもしれないってことか?」
「あ…そっか…」
つまるところロコは、女の子が雑に鞄を放り投げたせいで、あの穴の中で飢えてしんでいたかもしれないのです。
「気にしてないですよ。わざとじゃないんですし、ちゃんと出してくれたんですから…」
女の子のすまなそうな視線に気づいたのか、ロコはそう言ってにこっと微笑みました。女の子はそんなロコのことを、不思議がるように眺めてから、やがてこう言いました。
「天使みたいな子…」
「全く同感だ」
隣で誇らしげに頷いているハルと、遥か頭上から羨望のこもった眼差しを注いでくる女の子のどちらも、ロコを恥ずかしくさせました。
「そ、それより!あの穴って一体なんの穴だったんですか?」
あぁ、と言って、女の子は目の色を元に戻して答えました。
「あれはね、私がちっちゃかった頃に、宝物を隠してた穴だったの。でも大きくなったら、手が入らなくなって取れなくなっちゃって…」
「あ、確かに奥の方に色々落ちてたかも…そのときは気にしませんでしたけど」
穴の中で、閉じ込められた怖さと、取り残された寂しさに耐えていたロコでしたが、一度だけ、何か出来ることはないかと穴の中を探って見たことがありました。そのとき、小さな懐中電灯では部分部分しか写せませんでしたが、光を当てるときらきらと輝くようなものが、ところどころに落ちているようなのに気づきました。あれは全て、女の子がもう少し幼かった頃に隠した宝物だったのです。
「そうだ!小人さんたちなら取り出せるじゃない!」
ぽん、と手を叩いて、ハルたちを期待のこもった眼差しで見てきました。物を運び出すくらいなら、ハルたちにも断るような理由はありませんでした。
「これで全部か?」
最後の荷物を、これまで運んできた物が集められているところにどさっと落としました。
「わあ…ありがとう。あは、懐かしいなあ…キラキラしたものが好きで、こういうもの集めてたんだっけ」
目の前に並んだ思い出の宝物に、女の子は目を輝かせていました。
ハルたちにも抱えることができるような、豆粒ほどの小さなカラービーズや、熱帯魚の鱗のように鮮やかなスパンコールの数々…外で拾ってきたタイルのかけら…幼稚園からこっそり持ち出してきた、おままごと用の小さなおなべ……小さかった女の子の好奇心の輝きを、そのまま宿したような物の数々でした。
「きれいだね…お兄ちゃん」
「ああ…」
しばらく宝物を一つ一つ手に取って眺めていた女の子を、二人とも静かに見つめていました。
二人の目の前にいたのは、もう鞄で小人を閉じ込めた人間でも、茶色い生命体を容赦なく踏み殺した人間でもありませんでした。女の子を待つ間、ハルとロコはそれぞれ、子供時代の楽しかった思い出に浸っていました……。
「…二人とも、何か旅に使えそうなものがあったら、持ってっていいよ」
突然の言葉に、二人は反応するのに少し遅れてしまいました。ですが、聞き逃したわけではありません。
「えっ、それって…」
「そのかわり!」
ハルの確認を遮るように、女の子がまた言いました。
「旅が終わったら、また遊びに来てよ。今度は、お父さん、お母さんも連れてさ」
ロコを救出してくれた時から感じ始めていたことですが、この子はほんの少しいたずらなところがあるだけで、根っこの部分は心優しい女の子なのかもしれません。
「ああ、約束する」
ハルは、旅を成功させなければならない理由がもう一つできてしまったな、と心で苦笑しました。約束を破ったら、またハルのことを好き勝手に弄びそうなたちの女の子ですから、守らないわけにはいきません。
「あと、ロコちゃん!…次会ったときは、タメ口で話そう?」
ともだちに、なりたいから…。照れくさそうに、女の子は付け加えました。
「えっ…う、うん!喜んで…!」
だから、ここで女の子がいたずらな笑顔になったのは、照れ隠しのつもりだったのかもしれません。
「私は「次会ったとき」って言ったんだけどな~」
「えっ、あっ…」
真に受けて慌てているロコが愛らしくて、女の子はからからと笑いました。続けて、ハルも笑いました。そしてとうとう、ロコまでもが笑いだしていました。
「じゃあ、この辺でいいかな」
女の子はなるべく人気のない場所を選んで、ハルとロコを手のひらから降ろしました。
外の空気を吸うのは久しぶりのような気がして、ハルは小さいからだで伸びをしています。その腰には、女の子がくれたおもちゃの剣が下がっていました。
しゃがんだまま、女の子は二人に別れの挨拶をして、茂みに向かって進んでいく小さな背中を見送っていました。
「あ、ハルくん、最後にちょっといい?」
今一度、ハルが女の子の方に振り向きます。それとほとんど同時に、たった二本の指だけで、ハルを空中にかっさらい、そして———
ちゅ。
ハルの顔全体を、ほんの一瞬だけ、柔らかな女の子の唇が包み込みました。
「旅が上手くいくおまじない♪頑張ってね!」
それだけ言い残して、女の子は、自分の帰るべき場所へ帰っていきました…。
「お、お兄ちゃん、私が閉じ込められてる間、何してたの……?」
「ま、まあなんだ…ロコが気にするほどのことじゃない」
「うそ!どうせえっちなことしてたんでしょ!もう、お兄ちゃんのバカ!変態っ!」
そういえば、ロコは怒らせると怖かったな……と、まだ女の子にされたキスの余韻が残る中で、ぼんやりと思っていました。


