表からは、下校する児童たちの声が流れてきています。その中に、あかねちゃんの声は混じっているのでしょうか。さくらちゃんは彼女に委員会があると伝えて、先に帰らせておきました。委員会は実際あったのですがサボりました。
「あかねのどこがそんなに好きなの?」
「そうだな……やっぱりあのトゲのない感じがいいよなあ。あと、真面目なところ?他のやつが掃除サボってたりしても、自分だけ残ってそいつらの分までやってたり。4年で一回一緒のクラスになっただけだけど、そういうところ偉いと思うんだよ」
「ほうほう…」
(くぅーっ、めっちゃあかねに聞かせてやりたいっ…!)
「あと、お前と昔から友達でいるってだけで、すげえいい子なんだなあってのが分かるよ。幼稚園からって、はっきり言って信じられん…俺が同じ立場ならどれだけ長くても小3あたりで縁切ってる」
「それはよくわかんないけど…でもまあ、実際あかねはいい子だよ。いい子だから、私が悪い子の見本になってやってるんだけど、あんまり効果がなさそうなんだよねえ」
「お前みたいなのを悪友っていうんだろうな」
黒田くんはふいに空に視線を外すと、思い出したようにこう言いました。
「…それと、カワイイじゃん、あいつ。これも四年の時の話なんだけど、忘れ物を取りにたまたま入った夕焼けの教室で、一人窓際で花瓶の水換えてるのを見かけてさ、初めてドキッとしちまったんだよ……何言ってんだ、オレ」
いつになく歯切れの悪い黒田くんを、さくらちゃんは茶化そうとは思いませんでした。さっきまでは本人に聞かせたくてたまりませんでしが、今となってはそんな気も起こりません。聞かせるのなんて野暮なのです。
(よかったね、あかね。見てる人はちゃんと見てくれてるんだよ)
かわりに、さくらちゃんの心の中にいるあかねちゃんに、そう教えてあげました。
「てか、それじゃあ四年の頃から好きだったってこと?」
「ん、まあな……悪いかよ」
「いーや?一途でいいじゃん。てかそんなに長いこと好きならいい加減積極的になればいいのに」
「そうは言うが、クラス変わってから話す機会なんてほとんど無いし、お前と首藤が仲良く喋ってる時に、いきなり俺がずけずけと入っていくなんてのも変だろ…?」
「意外と気にしぃなんだね。ま、私は恋なんてしたことないからなんとでも言えるんだけど」
でも、そんな停滞も今日のことでようやく解消に向かい始めるでしょう。そして、さくらちゃんが手助けしてやれるのはおそらくここまで。ここから関係が進歩していくかどうかは、二人次第です。
「あーっ!こんなところでサボってた!みんなー、さくらこっちにいるよ!」
その時、唐突に背後からよく通る声が聞こえてきました。見ると、気の強そうな眼鏡の女の子が、向こうにいるのであろうその他の仲間たちに合図を送っています。彼女はサボりのさくらちゃんを捕まえにきた、美化委員の委員長さんです。
「やば、見つかった。じゃ私は逃げるからあとよろしく!」
「え、ちょっ…」
「「「待ちなさーいっ!!」」」
黒田くんが言い切るまもなく、さくらちゃんは光の速さで去っていき、後から現れた3人の追手がその横を通り過ぎていきました。
立ち尽くしている黒田くんの肩に、誰かの手がぽんと置かれます。振り向くと、先程の眼鏡の子が、とてもすばらしい笑顔をうかべて立っていました。黒田くんはなぜかそのとき、別のクラスに”女帝”と恐れられている女の子がいる、という話をいつか小耳にはさんだのを思い出しました。
「さくらが捕まるまで、あなたには捕虜として働いてもらおうかしら」
「え……い、いや俺は関係な」
言葉を遮るように右腕が掴まれます。華奢な腕からは想像できないほどの力がそこには働いていて、黒田くんが必死の抵抗を試みてもびくとも動きませんでした。
「さ、いきましょっか♪」
「は、はなせ!くそ!な、なんで俺がこんな目に~~~~~~~~~~!!!!!」
物のように引きずられながら、黒田くんは今頃になって、あかねちゃんと一緒なこととさくらちゃんと一緒なことをもっとしっかり天秤にかけて決断するべきだった、と後悔するのでした。


