食卓につくと、あかねちゃんは一枚の置き手紙を見つけました。
「朝ごはんは自分でつくってください。レシピは下に書いてあります……って、私が作るの?えぇー…」
あまり気が進みませんでした。なぜなら、あかねちゃんは料理というものを、家庭科の時間以外では一切やったことがなかったからです。だからこそ、お母さんはいい機会だと思ってこんな手紙を置いていったのかもしれませんが…。
「私、あかねちゃんが作ったご飯食べてみたい!」
「……」
気が進まない…そのはずなのに、テーブルの上のアオイちゃんが目をキラキラさせているのを見た途端、たちまちやる気がこみ上げてきたのを、あかねちゃんは自覚しました。
期待してくれるのがうれしい。その期待に応えてあげたい。
これまで料理をすることもなく、しようとも思わなかったのは、そういった気持ちが…自分が作った料理を食べてもらいたいと心から思える人が足りなかったからなのかもしれません。
「…よし」
あかねちゃんが台所でご飯を作っている間、アオイちゃんは邪魔にならないようダイニングテーブルの上にぽつねんと座って待っていました。ここから台所までは距離としてはだいぶ離れていますが、遮る物がほとんど無いため、料理をするあかねちゃんの後ろ姿は問題なく眺めることができます。
三角巾にエプロンという姿がなんだかとても初々しく、動作もたどたどしくて、いつも穏やかで落ち着いているあかねちゃんに見慣れているアオイちゃんの目には新鮮に映りました。
そんなあかねちゃんをこうしてずっと眺めているのも悪くはないと感じていましたが、台所の方から漂ってきた匂いから、朝ごはんが完成に近づいていることを知りました。
(おいしそうなにおい……)
これはきっとスープかな、などと想像を巡らせながら、お鍋と睨めっこしているあかねちゃんの後ろ姿をぼんやりと眺め続けていた、その時でした。
(……え)
その瞬間。最前まで食欲をそそっていた匂いも、嘘のように分からなくなりました。もっとも、分からなくなったということすら、アオイちゃんは分かりませんでした。それほどまでに、今起きていることが、アオイちゃんには信じられなくて。
お鍋の中身を小皿ですくって、味見をするあかねちゃん。その姿に、小さな頃毎日のように見ていた、料理をする母の姿が重なって見えたのです。
「…うん!できたよアオイちゃん!おまたせっ!」
アオイちゃんははっとしました。その声がした頃にはもう、あかねちゃんはあかねちゃんとして、しっかりとアオイちゃんの目に映っていました。
(なんだったんだろ…)
「どうしたの?ぼーっとして」
「ちょ、ちょっと考え事してただけ!それより、早く食べたいっ」
「はーい、今並べるからちょっと待ってね」
流石にあかねちゃんがお母さんに見えた、とはなんとなく恥ずかしさもあって言えませんでした。
確かに似ているところはありますけれど、考えてみればあかねちゃんとアオイちゃんのお母さんでは年齢も大きさも離れ過ぎていますし、本来重なるはずもありません。
きっと、誰かの手料理を食べたことなんて、お母さんが病気で亡くなって以来一度もなかったので、たまたまそれがあかねちゃんを映す自分の目に反映されてしまったのだと結論づけて、以降は目の前に並べられていく朝ごはんのことだけを考えることにしました。
ベーコンエッグ、盛り付けのトマト、トースト、それに野菜スープ。簡素な、ある意味で朝ごはんにはふさわしいメニューでしたが、それでもあかねちゃんにとっては決して朝飯前・ ・ ・に作ることができるようなものではありませんでした。だから当然、味への心配も付いて回っていました。
「おいしい、おいしいよあかねちゃん!」
けれど、そんな心配を吹き飛ばしてしまうくらい、アオイちゃんはあかねちゃんの作ったご飯を喜んでくれていました。
思えばその笑顔が、あかねちゃんがのちに料理に目覚めることになる第一のきっかけであったのかもしれません。


