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4話 旧友と共有(前編)

学校から帰ってきたあかねちゃんは、いつも通りお母さんにただいまのあいさつを済ませ、自分の部屋に向かっていました。ただ、普段と少し違ったのは……

「久しぶりだなー、あかねの部屋におじゃまするの」

さくらちゃんも一緒に、後ろを歩いているところでした。

「二か月くらい前に来たばっかりでしょ…?」
「二か月は久しぶりだよ。昔は毎日のように私を家に引きずり込んで帰そうとしなかったというのに」
「い、いつの話してるの…」

あかねちゃんがぷいと前へ向き直ったので、さくらちゃんからは後頭部しか見えなくなってしまいます。
こういう反応をしていますが、実際二か月前までは、毎日とは言わないまでも、一週間に一度くらいの頻度でさくらちゃんとは遊んでいました。その習慣が崩れることになった理由はいくつかありますが、その一つとして、小人のアオイちゃんと遊ぶことが多くなった、ということも挙げられるでしょう。昨日もアオイちゃんは部屋に来てくれましたが、そういう日はもちろん他の人間の友達を部屋に上げることはできないのです。特にさくらちゃんは勘が鋭いですから、警戒レベルは最大でした。
ですが、出会ってから二か月以上経ち、アオイちゃんがどの日に来るのかおおよそ分かってきていたので、今日だったら大丈夫だろう、とあかねちゃんは考え、さくらちゃんを家に入れてあげたのです。
しかし、それが誤算であったことに、あかねちゃんは間もなく気づかされることになります。

(え……)

部屋のドアを開けかけていた手を、思わず途中で止めてしまいました。
ドアの向こうに、いつもの位置にちょこんと座って、いつものように帰ってきたあかねちゃんに笑いかける、アオイちゃんの姿があったからです。まずい状況を生み出してしまったなんて微塵も感じていない——この時のあかねちゃんとは、まるで正反対な様子でした。

(ど、どうして?今日は来る日じゃないはずなのに…いや、それよりも———!)
「おーい、なぜ急に牛歩戦術?」

視線の先には何も知らないアオイちゃん。そして、すぐ背後には急かしてくるさくらちゃん。

(こんなことになるんなら、連れてくるんじゃなかった…!)

アオイちゃんと出会って以来、最大のピンチかもしれませんでした。

遡ること、およそ20分前。

「なーなー、そのへんでアイスでも買っていかない?」

帰り道を歩いていると、隣にいたさくらちゃんがそんなことを言ってきました。

「駄目だよ?買い食いなんて…」

「そーいうと思いました。しかしよく考えてほしい…友達が今すぐコンビニでアイスを買って食べないと死んでしまうという状況で、いけないことと承知で買い食いに付き合うよりも、友達を見捨てて先生の言いつけをきっちり守る方が、本当に正しい選択と言えるのかね?」

「死ぬの?」

「いや死なないけど」

「だよね。今日歴史で習ったナントカの飢饉が今やってきても、さくらちゃんはなんかしぶとく生き残ってそう」

「現地で日本がワールドカップで優勝する瞬間を見届けるまでは死ねないね」

途方もない話だなあと、あかねちゃんは苦笑いしました。

「でも死にそうなのは本当…水筒もとっくになくなっちゃったし」

買い食いには付き合ってあげられませんが、さくらちゃんがそれほど疲れていることは理解できています。昼休み、空調の効いた図書室にこもっているあかねちゃんとは違い、さくらちゃんは男子に交じって炎天下のグラウンドでボールを追いかけていますし、加えて陸上クラブの朝練にまで毎日出ているのです。友達として何かしてやれることはないか、あかねちゃんは歩きながら考えました。

「あっ、そういえばこないだ家にメロンが届いたんだけど、食べにこない?」

「なぬ…?」

歩みを止めて、さくらちゃんはがばっと首をあかねちゃんの方に回しました。一昔前のアニメだったら、目が🍈になっていたかもしれないくらいの食いつきようです。

「ちなみに…私史上最高級においしいメロンだったよ?」

「今日ほどあかねと友達でよかったと思った日はないっ…!」

「いや、それはそれでなんか複雑だけど…」

「冗談冗談!そうと決まればあかねん家ちまで急ぐぞっ!」

「え、ちょっと!疲れてるんじゃなかったの!?」

そう呼び止めたときには、さくらちゃんの姿はすでに大分小さくなっていました。みんみんとセミたちが鳴く夏の空に、待ってよーという声が響きました。

そして、今に至る、というわけです。

「さ、さくらちゃん!お部屋が汚いからちょっと片付けさせて!」

「え、おい───」

さくらちゃんの返事などお構いなしに、バタンと部屋の扉を閉めます。多少強引にでも、アオイちゃんと二人きりになれる状況を作り出す必要がありました。

外から聞こえた別の人間の声、そしてあかねちゃんの動揺した様子で、ある程度状況を察したのか、アオイちゃんは一転して不安げな顔で、あかねちゃんのもとに駆け寄ってきていました。ベッドの上のアオイちゃんに顔の高さを合わせて、あかねちゃんはささやき声で、手短に用件を伝えようとします。

「ごめんアオイちゃん…!今友達が来てるから、その間どこかに隠れてて欲し——」

その途中で、さくらちゃんが勝手にドアを開けて部屋に入ってきてしまいました。

「ちょっと、私にもガサ入れもといお片付けを手伝……」

(ひーっ!)

たまらず咄嗟に、アオイちゃんをベッドの上から掻っ攫い、その手をきゅっと軽く握って隠しました。

「なーんだ、全然綺麗じゃん…私のママにも見習って欲しいくらいだよ」

「さ、さくらちゃんてば…自分の部屋は自分で掃除しないとダメだよ?」

手の内側で、アオイちゃんがばたばたと暴れているのを感じます。いきなり手の中に閉じ込められたのだから、取り乱すのはもっともだと感じていながらも、眼を瞑って(お願いだからおとなしくして…!)と願っていました。その願いが通じたのか、暴れても無駄だと諦めたのか、少しするとアオイちゃんはおとなしくなりました。

(ごめん、アオイちゃん——!)

今更出してやることもできず、あかねちゃんにできることはただ、手の中のアオイちゃんを苦しませないように気を使いながら、さくらちゃんという嵐が去ってくれるのを待つことだけでした。

落ち着いたところで顔を上げると、さくらちゃんが怪訝そうにじーっとあかねちゃんを見つめていたことに気が付きます。ひょっとすると不自然な様子に見えていたかもしれないと、気が気ではありません。

「ど、どうしたの?」

「やはり、なんか慌ててるな…?ふふーん…これは何か、隠したいことがあると見た」

顎に手を当てて、ぐいっと顔を寄せてきたので、あかねちゃんは心臓をばくばくならせていました。さくらちゃんからすればただの探偵ごっこのつもりなのですが、あかねちゃんの方はまさに、探偵にしっぽをつかまれた真犯人のような心地がしていました。

「や、やだなあもう…そんなんじゃないって」

あかねちゃんは無意識に、アオイちゃんを握る手の力を強めてしまいます。そればかりか、手のひらは不快なほどに汗でびっちょりと湿っています。張り裂けそうなくらいの緊張と、自分がどんどんアオイちゃんを過酷な環境に追いやっているという罪悪感に苛まれ、あかねちゃんはどうにかなってしまいそうでした。

「あっ、もしかしてこれか!?」

そう言ってさくらちゃんが見つけていたのは、部屋の隅に積まれている、育児用の絵本の数々でした。アオイちゃんが読みたいと言うので、物置から引っ張り出してきたものです。習った文字の復習がしたいからと本人は言っていますが、本当は絵本のお話の方に興味があるのだとあかねちゃんは思っています。それはともかくとして、積まれた絵本がアオイちゃんと関わりのあるオブジェクトであり、それがさくらちゃんに目をつけられてしまったという事実は、ますますあかねちゃんたちを窮地に追いやりました。

似たような状況が前にもありました。あのときはお母さんに訝しまれたのですが、機転を利かせてどうにかごまかすことができました。しかし、相手がさくらちゃんとなるとわけが違います。勘が鋭く、一度くらいでは引き下がらなくて、口が薬包紙よりも軽いゴシップ大好き少女…つまりアオイちゃんの秘密を守り抜くうえで、さくらちゃんはもっとも厄介な相手なのです。

あかねちゃんは本当に追い詰められると、何も言えなくなってしまう女の子でした。その無言が肯定ととらえられてしまう女の子でした。さくらちゃんも当然そのことをよく知っていますから、これがあかねちゃんが隠したがっていたものに違いないと思って、一冊一冊積まれた本を手に取って見ていきました。

次第に、さくらちゃんの顔は不審の色が濃くなっていき、やがてある一冊の本を持ったまま、動きがぴたりと止みました。こうも絵本だらけなのですから、不自然に思うのは当然です。もし、さくらちゃんに問い詰められたら、隠し通せる自信がありませんでした。もちろん、何を言われても口を割るつもりなどありません。ですが、もしその途中で、ずっと右の手を握ったまま開かないでいることに気が付かれたら———いえ、さくらちゃんなら気づくに決まっています。

さくらちゃんの視線が、手元の絵本から、あかねちゃんの方に向けられます。しかし、そこで、あれ?と違和感を覚えたのはあかねちゃんの方でした。

他人の秘密を暴こうとするとき、たいていさくらちゃんはニヤリと悪い顔をするものです。なのに、向けられたさくらちゃんの顔には、動揺だとか、信じられないだとか、聞いても大丈夫なのだろうか、などといった、およそ「らしくない」ような感情が顕れていたのです。

そんな表情のまま、さくらちゃんは口を開きました。

「あ、あかね…もしかして……………………………産んだの?」

本気マジのトーンで発せられたその言葉の意味を、あかねちゃんはしばらく理解できないでいました。

動揺するさくらちゃん……産んだ……そして、育児用の絵本……それらの要素を繋げて考えた結果、あかねちゃんの顔が、みるみるうちに赤くなっていきました。

「なっ、なっ……!」

想像を超えるとんちんかんな答えに、安心するよりも先に感情が昂ぶりを見せ、ついにあかねちゃんは、

「なわけないでしょーーっ!!」

火を、噴いたのでした。