「おじゃましましたー!…じゃ、また明日ね。久々に遊べて楽しかったよ。あとメロンごちそうさま」
「うん。あ…よかったら今度そっちにもお邪魔させてよ」
「今度といわず、明日…や、今から来てもいいけどね」
「あはは、それは遠慮しとく。…それじゃ、気をつけて帰ってね」
玄関でさくらちゃんを見送った後、あかねちゃんは急いで自分の部屋に戻っていきました。
そして、真っ先に引き出しを開けて、中に向けて声をかけました。
「アオイちゃん、もう出ても大丈夫だよ!」
しかし、返事は帰ってきませんでした。
「アオイちゃん?」
奥の方で寝ているのかと思って、そーっと引き出しを全開にしていきました。
けれども、隅々まで探したところで、ついにその姿を見つけることはできませんでした。
友達と遊んできたときの帰り道が、さくらちゃんは好きではありませんでした。ほとんどの場合隣を歩く人が誰もいないこと、哀愁の代名詞みたいな夕空、友達と過ごす楽しい時間に対する名残惜しさ……いろいろな要素が重なって、アンニュイな気分にさせられるからです。後に残された宿題のことなんて、考えたくもありません。
そういった気分がさせたことなのか、道の途中でさくらちゃんは我知らず、ポケットに手を突っ込んでいました。
(あ…)
そのとき、中指の角が、くにゅ、と何かにぶつかったのを感じました。
(……やば、完全に忘れてた)
一瞬、さくらちゃんは歩みを止めて狼狽えましたが、それ以上に感想が発展することもなく、家もすぐそこに見えていたので、何事もなかったかのように再び歩き出そうとします。
その時でした。
「待って、さくらちゃん!!」
さくらちゃんが振り返ると、すぐそこに息を切らして膝を押さえる、あかねちゃんの姿がありました。
「…っ、さくらちゃん!私の大事なものを勝手に盗んだりしてない!?」
「えっ?い、いやあ、何のことやら……」
糾問に対する返事ではなく反応を見て、あかねちゃんはさくらちゃんに詰め寄っていき、そのまま右のポケットの中を手でまさぐります。観念したのか、さくらちゃんもその間は何の抵抗も見せませんでした。
少しと経たずに、ポケットからあかねちゃんの左手が引き抜かれました。
その手のひらの上にあかねちゃんが見たのは、ぐったりとして動かなくなってしまったアオイちゃんの姿。
クラスでは、デリカシーのない男子たちからちんちくりんとからかわれてしまうあかねちゃん。でも、手のひらを見つめたまま静止していたこの時のあかねちゃんは、さくらちゃんにはなんだかいつもよりずっと小さく、脆く見えました。
かける言葉が見つかりません。だって、ほんの悪戯のつもりだったのです。昔からの大親友であるあかねちゃんが、こんなことも自分に話してくれなかったということにムカついて、その腹いせにちょっと困らせてやりたくなって。
でも、さくらちゃんは決して、こんなあかねちゃんが見たかったわけじゃありませんでした。
「あ、あちゃー、ばれちったか…いやーごめんごめ」
バチン、と何かが強くはじけたような音を、さくらちゃんは一番近くで聞きました。
しばらく視界は黄色だか白色だか判然としないような色に包まれ、ようやく元のように見えるようになったころ、あかねちゃんはさくらちゃんに背を向けて、幾分か離れたところを走っていました。
その背中を呆然と目で追いながら、じんじんと燃えるように痛みだした左の頬を、ただ何の意味もなく押さえているしかありませんでした。あかねちゃんが消えて行く西の空は、いつの間にか群青色に染まりきっていました。


