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4話 旧友と共有(前編)

意外にも、さくらちゃんはそれ以降、隠し事については触れてきませんでした。
「ちょっくら便所借りるよ」
少しして、女子に言ってほしくないランキング30位以内には入っていそうなセリフとともにさくらちゃんが部屋を出て行ったあと、あかねちゃんは大げさなくらいに安堵の息を吐きました。
いえ、安心している場合ではないのです。

「ごめんっ、アオイちゃん!」

握りっぱなしにしていた右の手を開くと、真っ先に謝りました。

「だ……だい、じょうぶ……だよ……」
「……っ」

向かい風が吹けば返されそうな声で返事をしたアオイちゃんは、息も絶え絶えで、ぐったりとして起き上がろうとせず、見るからに弱っていました。全身を異常なほどにぐっちょりと湿らせているのが、アオイちゃん自身の汗なのか、それともあかねちゃんの手汗なのか判然としませんでした。
一言謝るくらいで済まされることではないのは分かっています。けれどあかねちゃんは、受けたショックがあまりにも大きく、それ以上何の句も告げることができませんでした。
アオイちゃんをここまで弱らせてしまったのは、ほかの誰でもない、自分なのだという事実———この事実が、あかねちゃんに重くのしかかってきていました。それが故意ではなかったとはいえ———いや、故意でないからこそ、あかねちゃんにはこれほどまでに応えるのでしょう。もちろん、少し苦しい思いをさせてしまうかもしれない、くらいには最初から考えていました。それでも、ただ純粋に「友達を守りたい」という気持ちからの行動だったのに……その行動によって、アオイちゃんはこんな……今にも死にそうな状態にまで追い込まれていたのです。「守りたい」なんて気持ちは、あかねちゃんのエゴでしかなくて……つまり、あかねちゃんがアオイちゃんを守るなんて図は、最初からあかねちゃんの精神でしか完成されないもので、そこを出た途端、あかねちゃんの身体、そしてアオイちゃんの身体が、有無を言わさずに全く正反対の図に描き換えてしまうのです。

「…ごめんね。そろそろ友達が戻ってきちゃうから、暗くて心細いかもしれないけど、引き出しの中に隠れていてほしいの」

覇気の絶無な声で、そう伝えるので精一杯でした。アオイちゃんが目で頷いていたので、あかねちゃんはことり、と引き出しの底面に寝かせてやりました。本当はもっと快適な場所でゆっくり休ませてあげたいのですが、そういうわけにもいきません。

(ごめんね…)

もう一度心の中で謝って、そっと引き出しを閉じようとした時でした。

「あかねちゃん……あんまり気にしないで。私を守ろうとしてくれたことくらい、ちゃんと、分かってるから……」
あかねちゃんの手が、その言葉で止まりました。中ではアオイちゃんが、体勢を変えないまま、少し無理をするように笑っています。でもそれは、笑いたくないけれど無理して笑っているのではなくて、笑いたいから無理して笑っているような顔でした。

「アオイちゃん…」
「それに、ちょっと寝たら回復するよ。今だって、大分声が出るようになってるしね………だから、大丈夫だよ」

どうやら、あかねちゃんは一つだけ大きな勘違いをしていたようでした。
確かに、物理的には、あかねちゃんがアオイちゃんを苦しめるという、思い描いていたものとは真逆の結果になってしまったかもしれません。けれど、アオイちゃんは一度だって、あかねちゃんに苦しめられている、とは感じなかったのです。あかねちゃんがアオイちゃんを守る図は、あかねちゃんの精神の内側にしか存在しえないものなどではなくて、ちゃんとアオイちゃんの精神の内側でも、同じ図が共有されていたのです。
屁理屈と言ってしまえば、それまでです。あかねちゃんがアオイちゃんを弱らせてしまった、という客観的な事実を変えることは誰にもできません。それでもこの、友達二人の信頼関係のたまものともいえる屁理屈によって、あかねちゃんの心がいくらか晴れたというのもまた、変えようのない確かな事実なのでした。

「…ありがとう、アオイちゃん」

そう言って、ゆっくりと引き出しを閉じていきました。あかねちゃんがようやく笑顔を見せたので、アオイちゃんの方も満足したように瞼を閉じたのでした。

「ただいマイケルジャクソン!」
「わあっ!?」

最後の最後で、思わずバチン、と急な勢いで引き出しを閉じてしまいました。

「お、おかえり…えーと、り…リンゴスター」

振り向いて、自然、後ろの引き出しを手とお尻でかばうような格好になりながら、戻ってきたさくらちゃんに言葉を返します。そのあと冷静になって、さっと引き出しから体を離しました。これでは余計に怪しまれるかもしれない、と考えたからです。慌てるあまりそんなことに気づくのが一瞬遅れてしまったことが、命とりになりはしなかったかとあかねちゃんの心は休まりません。

「あかねママがメロン用意できてるって言ってたよ!はやくいこーぜ!」

しかし、さくらちゃんには別段そのことを気にしているような気色もなかったので、そこについては安心です。けれど、あかねちゃんが懸念していたのはそのことばかりではありません。

(アオイちゃん、さっきので頭打ったりしてないよね…)

気がかりで仕方ありませんが、確かめようもないので、この不安はため込んでおくよりほかはありませんでした。

「?あかねは食べないの?なら、その分は私がもらうけど…」
「い、いくよ!もう、さくらちゃんせっかちすぎ」

行かなければ変に思われるというのが半分、メロンをさくらちゃんに取られたくないのが半分…そんな心境で、アオイちゃんを引き出しに残したまま、あかねちゃんはさくらちゃんとともに部屋を後にしたのでした。