そして当日。ミドリちゃんとアオイちゃんの二人は、そろそろとあかねちゃんの部屋に忍び込んでいました。それまでの道のりは、アオイちゃんが案内していました。もちろん、普段からあかねちゃんに会いに行くためにこの道を通っている、なんて言えませんから、生活に必要なものを時々「借り」に行っている、ということにしてあります。
かくして、いよいよあかねちゃんが向かっている机の上に乗り上がります。何も手を施さなければ、机は小さな二人にとっては高過ぎてとても登っていくことなどできませんが、今回はあらかじめあかねちゃんに、机の上から床に向かって、細い一本のコードを垂らしてもらっていました。コードは、あかねちゃんが一年生の頃から使っている、電動鉛筆削りにつながっており、無事登り切れば、そのまま鉛筆削りの陰に隠れることができるようになっています。
物陰から少し顔を出し、正面を覗いてみると、その先にははっきりと、机の上に置いたハードカバーの本に目を落としている、あかねちゃんが見えました。
「わ、す、すごい。近いわっ、この間に負けないくらい…!」
興奮気味のこの声は、ミドリちゃんのものです。
「ふふっ、人間のことあんなに嫌いって言ってたのに、結構ノリノリだね」
「嫌いは嫌いよ?でも、芸術に私情を挟まないっていうのが私のシュギだし。それにあの子、絵のモデルとしては申し分ないわ。第一印象は地味だけど、素材はなかなかどうして悪くないと思う」
「だっ……だよねだよねっ!!私もそう思う!!」
「わ、ちょっと静かにしなさい、見つかっちゃうでしょ!てか、なんで急にそんな熱くなるの」
「え?あ、あははは……」
その頃、読書中のあかねちゃんは……
(ふ、二人とも、聞こえちゃってるよー……)
もしこれが自分じゃなければどうなっていたんだろう、と気が気ではありませんでした。会話の内容までは聞き取れないけれど、音の根もとを辿れば、二人がどこに隠れているのか丸わかりです。急に鉛筆削りをどかしてびっくりさせてやろう、という悪い考えもほんの一瞬脳裏をよぎりましたが、流石にそれはやめておきました。やがて、話し声が落ち着いたので、きっと今自分の絵を描き始めたのだろう、と思い至りました。
絵を描いてるミドリちゃんに下手に話しかけて邪魔してしまうのも悪いので、アオイちゃんはその隣で、物陰の向こうのあかねちゃんをぼーっと眺めていました。
そうしていると、今更ながらモデルとして申し分ない、というミドリちゃんの言葉は、決して嘘なんかじゃないんだろうな、と思えてきます。こうして、誰もいない空間で静かに本を読んでいるあかねちゃんは、なんだか本当に「絵になる」のです。もう半年近くあかねちゃんと一緒にいますが、こんな一面があったということは、この時になって初めて知りました。それはきっと、仲がいいが故に、こんな風に第三者の目線を借りて、じっくりと彼女を見つめたことがなかったからなのでしょう。
アオイちゃんは、あかねちゃんの恋愛相談に乗ってあげたときのことを思い出していました。片思いをしている男の子がいる、なんて言われてもぴんとこなかったけれど、照れながらにそう話すあかねちゃんは、なんだかいつにもましてきれいで、たったそれだけの理由で、アオイちゃんは彼女の恋のために力を貸してあげることに決めたのです。
(きっとその男の子だって、今のあかねちゃんを見たらイチコロだよ)
でも、誰かに見せるのは、少しもったいないような気もしました。


