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7話 アオイちゃんとミドリちゃん

チャイムの音と入れ替わるように、あかねちゃんの心臓はドキドキと鳴り始めました。周りの子たちがランドセルを背負い始めている中、何もせずじっと座って待っていましたが、その間もずっと、心臓の音はこんな調子で静かになってくれる気配がありません。

今日の放課後は、グループで集まって修学旅行に向けた調べもの(というよりほとんど顔合わせといった感じですが)をすることになっています。それで、どうしてあかねちゃんがこんなにドキドキしているのかと言いますと……

「ほら、来たよあかね。しっかりしな!」

「!」

隣に座って待っていたさくらちゃんにポンと背中を叩かれ、そこで初めて、教室の入り口からこちらに向かってくる男の子の姿を認めました。

「悪い、待たせちゃったか?」

「んーん、ついさっき帰りの会終わったとこだし。ね、あかね」

「は、はいぃ!」

変な声が出てしまいました。隣でさくらちゃんが必死に笑いを堪えているのが分かります。

「首藤か、よろしく。喋るのは4年のとき以来だよな。この笑い転げてるバカはほっといてさっさと始めちゃおうぜ。もう一人の奴はすぐに来るらしいからさ」

「う、うん。そうだね!こちらこそよろしくお願いします。…黒田くん」

(く、黒田くんが私に話しかけてくれた!どうしよどうしよ、キャーッ)

そう、待っていた二人の前に現れたのは、あかねちゃんの憧れの男の子である、黒田くんだったのです。黒田くんとサッカー仲間であるさくらちゃんの粋なはからいによって、あかねちゃんは彼と一緒の班になることができたのです。

 

修学旅行が行われるのは12月、つまり今から約三ヶ月後です。行き先は日光。子供たちが自由に組んだ4~6人の班で行動することになります。

あかねちゃんたちの班は4人。あかねちゃん、さくらちゃん、黒田くん、そして黒田くんの友達の金子くん(あかねちゃんとは2年生と4年生のときに一緒のクラスになったことがあります)というメンバーです。

「じゃあ、軽く自己紹介でもする?」という金子くんの一声で、班は動き始めました。言い出しっぺの金子くん、右隣に座っていた黒田くん、その向かいのさくらちゃんという順に進んでいって、最後はあかねちゃんの番です。

(うわぁ、く、黒田くんが私を見てる……)

簡単な内容でいいのに、前の3人だって、別にそんな凝った自己紹介だったわけじゃないんだから……と思っていても、一度黒田くんの目を意識すると、途端に喉に運ばれていくはずの言葉が、洗濯機の中の服のようにぐるぐる、ぐるぐると回り始めてしまいます。だって、昨日までボールを持って校庭を駆け回る姿を、三階の教室の窓から眺めているしかなかった黒田くんが、今は机を介した斜向かい僅か1メートル程の距離から自分に視線を注いでいる……そんな状況に立たされたら、きっとあかねちゃんでなくたって平静を保ってはいられなかったでしょう。

「――――――、――――――」

結局、あかねちゃんは自己紹介をするにはしましたが、自分が一体どんなことを言っていたのかも思い出すことができません。逆に言えば、自己紹介の内容以外のこと――――その時の頭ののぼせ具合、視線の逃げ場にしていた、いつ誰が刻んだのか分からない机の上の「田1+1=」の文字、そしてそして、喋りの途中でうっかり黒田くんと目があってしまったかと思うと、途端にきまりが悪そうに目を逸らされたこと――――は、ふとした時にフラッシュバックする記憶の1ページとして、しっかりと彼女の内に残ってしまったのでした。

 

 

「はぁー………うぅ……」

「だから、大丈夫だって!そんな変なこと言ってなかったよ!」

項垂れるあかねちゃんに、励ますさくらちゃん。今日の帰り道はこの構図に終始していました。

「そりゃ、まあまあしどろもどろではあったけど……」

「ほら~~~っ!やっぱり変だったんだ……!」

「あー違う違う違うって!あのほら、逆にかわいげがあるくらいのレベルにとどまってたから!」

 

「黒田くんにも途中目逸らされたし……絶対不審に思われたよぉ……」

「……まあそれは間違いなく違う理由だと思うけど……」

「なに…?違う理由って…」

「んにゃ、こっちの話。とにかく元気出しなって、今日変に思われてもまだまだ会う機会はたくさんあるんだから、ちょっとずつ印象よくしていけばいいんよ」

さくらちゃんは分かってない、と思いました。黒田くんの前で自己紹介するだけでもあんなにあがってしまうのに、これから先やっていけるのか、もっと酷いボロを出してしまうのではないか、という考え方に行ってしまうのです。

でも、残ったのがいやな記憶ばかりというわけではありません。顔合わせが終わって別れるとき、黒田くんは「またな」と確かにあかねちゃんに個別に、さわやかな笑顔を向けてくれたのです。

「……えへ、えへへ……」

「ひっ…なんか急に笑い出した……」

総じて、今日はあかねちゃんにとっては激動の一日でした。いつしか彼女は、きっと今頃自分の帰りを待っているであろう、友達の顔を思い浮かべていました。その友達―――アオイちゃんも、さくらちゃんと同様に、あかねちゃんの恋を応援してくれています。今日のことについても知っていますし、終わったらいの一番に話を聞かせて、という約束もありました。

とにかく、アオイちゃんに報告したい気持ちが強まってきていました。駄目だったことも、うれしかったことも。家に帰るまでが~とはよく言いますけれども、あかねちゃんにとって、何かが起きた後にアオイちゃんに話すということが、もはや欠かすことのできない最後のステップになりつつあるのでした。