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2話

優奈は、小さな男に対して、時折微笑むくらいはあっても、あまり笑顔を見せない。戸惑いからか、奥ゆかしさなのか、それとも興味が薄いのか、分からないがとにかく彼女の唇は、いつも綺麗な弓の形を描いている。

園児には、戸惑いや憂慮といった感情の機微はない。痛いから泣く。楽しいことを見つけたから笑う。単純な構造。単純で、剥き出しだ。

捕食者の剥き出しの笑顔が、被食者の目にどのように映るか考えてもらいたい。

心菜は、虫かごをひっくり返して、手のひらで男を受け止めた。痛みはない。丸っこくてぷにっとした、幼児の手のひら。

だが、まるでおもちゃ箱からおもちゃを出すような、ぞんざいな扱いに震え上がる。

そして視線を上げれば、おもちゃを前にして、ほとばしる喜の感情を映し出す心菜の顔がそこにあった。

押し潰すかのように近い距離感。

逆光によってもたらされた黒い影。

口元ににじんだよだれ。

全身の毛が逆立つのを感じた。

さて、珍しい虫を捕まえたとき、幼い子どもが次にする行動とは何であろうか?

じっくり観察する?かわいそうだから逃がしてあげる?脚をもぎって遊ぶ?

声を上げる間も無く、男は心菜の拳の中に飲み込まれた。

そこは完全なる真っ暗闇ではなく、拳の隙間から漏れるわずかな光によって、暗闇に密集する指の赤みだけが浮かび上がる。外界の雑音は遮断され、血液のせせらぎだけが聞こえる。

肉の檻に閉じ込められているようで、気味が悪い。肌の熱が中を蒸し、劣悪な環境を形勢する。

だが本来は、かわいらしい幼児の手なのだ。

さて、先ほどの問いの答えであるが————大抵の子どもは、捕まえた虫を早く誰かに見せたい、自慢したいと思うものである。

「ママーっ!」

漁船よりも激しい揺れ。心菜が走り出した。

狭くて身動きが取れないということはない。拳の隙間ですら余りあるほどに、男は小さいのだから。

だが、かえってそれが災いし、振動に揺られ体制を保てず、手のひらに干渉することができない。もっとも、力の限り殴ったところで、指の皮膚1枚に残らず吸収されてしまうだけなのであるが。

母の幸恵は、仕事に出るべく、玄関でパンプスの踵を整えていた。おりしもそこに娘が、とてとてと興奮した様子でかけてきたのである。

「ママー、こびとさんつかまえたー!」

「小人?」

幸恵は、さりげなく腕時計を確認する。むろん、サンタクロースの存在を疑わない子供の言葉として受け取ったが、そういう夢をむやみに壊すべきではないとも心得ていた。

「本当にいたのー?」

「うん!」

そう言って心菜は、待ちきれないとばかりに握っていた手を開いた。

その手には何も乗っていなかった。

「……あれー?いない……」

「あら……」

そんなことだろうとは思っていたが、態度には出さない。

「うそじゃないよ……!ほんとにさっきまでいたんだもん……!」

心菜の表情の雲行きが怪しくなる。子育てをしていると、天気予報のスキルが身についてくる。

「えー、見たかったなー。……でもごめんね、ママもうお仕事行かなくちゃいけないから、明日の朝帰ったら教えてね?」

「…………やぁーだぁーーー!!!いだのーーー!!!」

とうとう心菜は、えんえんと泣き出してしまった。幸恵は腰をかがめて、いつものように彼女の頭を撫でる。

「はいはいもー泣かない泣かない。ね、本当に小人さんいたんだよね」

「……」

べそをかきながら、心菜が頷く。

「じゃあおるすばんしてる間、もっかい探してみよ?ねぇねと一緒に探したらきっと見つかるよ」

「……んっ、ここなもっかい探してみる」

「そうそう!ほら、飴ちゃんあげるから、もう泣かないの」

ビニールに包まれた飴玉を、力が抜けた心菜の手で包むようにして渡す。遅れて、その手の中で、くしゃしゃという音がした。飴玉を握った手で、心菜は涙を拭った。

「ありがと……ママ、おしごとがんばってね」

「はいはい、いってきまーす。おるすばんよろしくねえー」

扉が閉まる音がして、玄関は水を打ったように静けさを取り戻した。