「あっ、そういえば、——さんの隠し場所についてなんですけど、いいものを思いついたんです」
そう言って連れてこられたのが、この場所だった。
優奈の指に、気絶するまで精子を搾り取られた後、まず彼女から今回の件についての謝罪を受けた。姉に言われてという感じだったが、心菜も「ごめんなさい、こびとさん……」と謝ってくれた。
それから、随分と久しぶりに感じる、優奈とのイヤホンマイクによる会話もした。話題は主に今回の件と、それも含めての、今後について。ただ振り返ると、ほとんどの時間「すみません」と「気にしなくていいよ」のラリーを行っていた気がする。
「気にしなくていいよ」男としては当然、それは本心からの言葉だったし、伝えることもできたと思う。だが、肝心な優奈の本心————幼い妹の唾のついた飴を舐める姿を見て、自分が普段履いている靴に飛び込んだという話を聞いて、本当のところどう感じたのか、分からずじまいだった。
事情は十分に理解してくれているはずである。だがしかし、いかなる正当な理屈を持ってしても、生理的な嫌悪感というものを払拭することなど、簡単にはできない。多様性やポリコレの限界が指摘されているように。
だからこそ、むやみに踏み込んでいくのも怖かった。優奈の方から触れてくれればそれでよかった。心菜のように、靴の中に隠れたことを面白がってくれればよかったのだ。しかし彼女の方でも最後までそこに触れることはなかった。それではまるで、優奈にとっても、触れない方がいい話題であるみたいではないか————。
そんなわだかまりを残して終わった会話。そして今、自分はこんな所に放り込まれている。
優奈が「いいもの」といって取り出したそこは————それは、クリップ(📎)の入っていた、小さな透明のケースだった。
「どうですか?狭くないですか?」
外の優奈に向かって、腕で「◯」を作ってみせる。
確かに、実際に入ってみればそこは、ビジネスホテルの1人部屋と遜色ないくらいの広さはあった。天井は少し低いが、ジャンプでもしなければ頭をぶつけることはない。蓋のところに3本線の穴が空いているから、窒息の心配もない。
虫かごの中は広すぎて落ち着かないくらいだったから、この程度のスペースで十分だった。
だが、問題はそこではない。
「すみません、ちょっと、見えづらくって……」
(あ、あ……!)
床を見れば、彼女の指。
天井を見ても、彼女の指。
そして正面を見れば、彼女の唇が。鼻が。目が。
トリミングされて、ズームインされて。
務めて平常心を装い、「◯」のポーズを優奈に見せる。正確には、彼女の瞳に。
(……!、……!)
睫毛の一本一本が分かる。虹彩の筋が分かる。眼球の潤い、瞼の付近の血管、漆黒の瞳孔に映る滑稽な自分の姿までもが、はっきりと分かる。
化け物だ。男はそう思った。
こんな気持ちを伝えたら、きっと思春期の女の子であれば、誰だって傷付くだろう。
だがもはや、可憐だったはずの彼女が、同じ生き物であると信じることができない。
どんな精巧な作りのホラーゲームであっても、この恐怖と絶望を再現することは叶うまい。
おそろしくこわい。彼女の存在も。そして、こんな体験が続いたら、自ら作り上げ、長い間唯一の拠り所としてきた、可憐で理性的な少女という虚像が、崩壊してしまいそうで。けれど。
「……あ、大丈夫なんですね。よかった。」
けれど同時に、その虚像は、崩壊するその瞬間のために作られたものなのかもしれないと。崩壊し、混沌の化け物、両義性の化け物という新たな虚像の礎となるために最初から作られていたものかもしれないと、男は感じ始めていた。
有り体に言えば、可憐な少女であろうと、化け物であろうと、優奈は何よりも魅力的である、ということだった。


