時は進んで、午後2時頃。
優奈たち5年2組の児童たちは、校舎の前の池の周りを囲むようにして集い、担任の教師の説明を受けていた。生意気盛りな子供たちも、今日に限っては残暑と、運動会の練習による疲れからなのか、わりに大人しく話を聞いており、担任の彼はここぞとばかりに饒舌をふるっていた。
優奈は、ビーカーで池の水を掬い上げる。雫がぽたぽたと落ちるビーカーの中は、藻の色で濁った水に満ちていた。
「どお?」
背後から、知里に声をかけられる。
「分かんなーい……」
ビーカーを顔の前に押し付けると、ぎゃーきたなーいっ、と彼女はわざとらしく嫌がって見せた。
「……あ、なんか動いてるじゃん。これミジンコじゃね?」
「どれ?……あ、これ?確かにそうかも。でも、ミジンコって意外と黒いんだ。私透明のイメージだった」
「えーっなになに?なんかいた?」
少し遅れて、他の2人の班員たちも集まってきた。
普段はあまりやる気のない彼女たち(うち1人は、メダカの解剖をやった日に、仮病を使って欠席したくらいである)も、今回の実験には乗り気らしい。微生物の観察というのは、子どもたちにとっては非日常の世界を覗くことに等しいのかもしれない。
採取の後は、クーラーの効いた理科室で、顕微鏡を使った観察を行う。
ビーカーに入った池の水を、スポイトで吸い取って、スライドガラスの上に垂らす。その上にピンセットでカバーガラスを被せて、溢れた水をティッシュで拭き取る。
手順を覚えていた優奈が支持を出して、知里が作業を行う。他の2人には機材調達を担当してもらった。
「でもさー、実験のために挟んで潰しちゃうって、ちょっとかわいそうだよねー」
知里の作業を傍で見ていた子が、何気なくそう言った。
「潰れないよ。ちっちゃいんだから」
レンズを覗き込み、倍率を調節しながら、知里が説明する。
「そうなの?」
「ちっちゃいから、ガラス同士の隙間のうすーい膜でも十分な厚さなんだよきっと。だいいち、潰れちゃったら観察できないじゃん?……あ、見えた!すごーい、動いてる〜」
「えーっ、見せて見せて!」
微生物の身を案じていた本人も、その誤解を正した知里も、直前のやりとりを忘れたかのように観察に夢中になっていた。しかし優奈だけは、知里の言ったことに引っかかりを覚え、繰り返し反芻していた。流石に難関私立中を目指しているだけあって物知りだな、と感心したのもあるが、それだけではない。
「ほら、ゆーなも見よーよ」
「あ、うん」
考え事をしている間に、すでに他の3人は観察をし終えていたらしい。知里に促されて、優奈は両のレンズを覗き込む。
(わ、ほんとにあんなとこで、ちゃんと動いてるんだ……)
レンズを外れて、もう一度プレパラートを横から覗き見る。カバーガラスはやはり、ぴっちりと接着している。でも、微生物たちは、その隙間を生き生きと泳いでいる……。
(ちっちゃいから、ちょっとの隙間で十分……ちょっとの広さ、ちょっとの高さ。それなら……)
「ん?なんか言った?」
「あ、ううん。なんにも」
アイデアというものは、得てして机やキャンバスの外で生まれる。帰ったらすぐに、このことを男に話してみよう、と優奈は思った。


