こうして、アオイちゃんの新しいおうちでの生活が始まりました。…と、いっても、あかねちゃんが部屋にいる日中はかごから出してもらって、今までと変わるところのない過ごし方をしているので、変化があったといえば日が沈んで以降の時間です。
「お湯加減はちょうどいい?」
「ん……」
時刻は夜の9時頃、アオイちゃんは、あかねちゃんがお湯を注ぎ入れたおちょこのお風呂に浸かっていました。
ちなみに、あかねちゃんは今、そのおちょことは全く別の方向に目を向けています。どうもアオイちゃんは人に、たとえ同じ女の子にでも裸を見られるのが恥ずかしいようで、おちょこのそばでワンピースを脱ごうとしていたときも「見ないでっ」とふくれ気味にあかねちゃんの視線を拒んでいました。
…でも、そんなことを言われると余計に見たくなるのが人間の性というものです。といっても、あかねちゃんの場合動機はそれほど邪なものでなく、自分と同じくらいの年齢の、小人の少女のからだは一体どうなっているのか、というもっと純粋な好奇心からでした。そしてもう一つに、アオイちゃんがいつも同じ格好をしているから、たまには違う姿のアオイちゃんも見てみたい、というのもありました。
(うー……でもでも、見ないでって言われたし……。………でもなぁ…………………………ちら)
静かなる視線は、こちらを向いているアオイちゃんの顔にたどり着きました。
少し下にその視線をずらせば、一糸纏わないアオイちゃんのからだ……のはずでしたが、真っ白い石けんの泡に首から下がもこもこと覆われて、肌の色なんてほとんど見えていませんでした。
少しがっかりして視線を戻すと、アオイちゃんの顔はやはり、あかねちゃんの方を向いていました。おそらく、たまたまあかねちゃんがちらりと目を移したタイミングで、アオイちゃんの方も何気なく正面を向いてみたというだけだったのでしょう。
もともとお湯に浸かってほてり気味だったアオイちゃんの顔は、じわじわとからだに着いた泡が映えるくらいの赤色に変わっていきました。その様はゆでだこなどよりも、 導火線に火のついた爆弾を思わせました。
「あ…あ…あかねちゃんのばかーーっ!!エッチ!でばがめっ!」
「ご、ごめんなさ〜い!(どこでそんな言葉覚えたんだろう…?)」
かくして、泡の内側を見ることができないまま、アオイちゃんにおちょこの中からお湯を飛ばされ(もちろん、それがかごの外のあかねちゃんにかかるということはなかったのですが)、追い払われてしまったのでした。
「むっすーーー」
「ご、ごめんってば〜…」
お風呂から上がって、新しいワンピースに着替えたアオイちゃんは、まだ少し拗ねているようでした。
「……もう覗かないって約束する?」
「するよぉ、するから」
「〜……。まあ、そこまで怒るほどのことじゃないといえばそうかもしれないけど、本当にやめてよね?見られるの恥ずかしいもん」
「うう、反省します、はい…」
机の上から小人のアオイちゃんが説教をしてくるのを、その何十倍も大きなあかねちゃんが頭を垂れて聞いているというのは、何かの風刺画にさえ見えてくるような不思議な光景でした。
今にして考えると、何故覗きなどしようと思ったのか、本当に分かりませんでした。少し、テンションがおかしくなっていたのかもしれません。それに、行為も、その結果もなんだか普段のさくらちゃんのそれみたいで、恥ずかしいやら落ち込むやらで、あかねちゃんはうなだれてアオイちゃんの言うことを聞いている他ないのでした。
「じゃあ、運んで」
「ふぇ…」
その言葉に戸惑ったように顔を上げると、アオイちゃんの少しあきれたような顔が見えました。
「運んでくれないと、あの中に戻れないでしょ」
「あ…そっか、ごめん」
言われた通りに、アオイちゃんを手のひらに乗せて、そっと虫かごの中に入れてあげました。
するとそのとき、今度ははっきりとあかねちゃんにも自覚できるくらいの違和感を覚えました。
ついさっきまでアオイちゃんに怒られていたはずの自分が、今度はそのアオイちゃんを虫かごの中に閉じ込めようとしている……こんなことがあってもいいのだろうか、とふと手を止めて考えてしまったのです。言うなれば、重罪人が看守を牢に閉じ込め、その状況がまるで当たり前のことであるかのように流れていく…そんな現象に似た不条理が、今まさに自分の手によって起こされようとしているのではないか、と…。
「……あかねちゃん?」
「…ん、なんでもない」
でも、アオイちゃんには別段そのことを気にしている様子もなかったので、あかねちゃんもあまり深くは考えないようにしました。


