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6話 友達と虫かご

「それじゃあ、私一旦必要なもの取りに帰るから」

そう言って、アオイちゃんは部屋から出ていきました。
さて、あかねちゃんの方もその間何もせずに待っているというわけではありません。虫かごの中は、このままでは一人の女の子が生活するにはいささか殺風景です。なので、現状ただの虫かごであるこの空間を、アオイちゃんのおうちと呼べるような空間にリフォームする必要がありました。
まず、掃除機をかけるお母さんの目を盗んで台所に行き、食器棚の奥からお父さんのおちょこを取り出してきました。500円玉であれば口を塞げてしまいそうなくらい小さなこのおちょこは、きっとアオイちゃんにとってはちょうどいい大きさ、深さの湯船になるだろうと想像します。
そして次に、かごの中に彩りを与えるのと、少しでも居心地を良くするために、ポケットタオルを絨毯代わりに床全体に敷いて、その上におちょこのお風呂をはじめとするアオイちゃん用の家具を置いていけるようにしました。
ここまでくれば、あとは他に必要そうな家具を設置していくだけです。あてはあります。アオイちゃんを初めて自分の部屋に止めた日(5話参照)から数日後、あかねちゃんは物置から、もっと幼かった頃に使っていたお人形用の家具を発掘していたのです。その中には、あかねちゃんが自作したものよりも幾分か寝心地の良さそうなベッドも入っていました。なのでそれは入れるとして、あとはどんなものを入れればよいか。といっても、残っているスペースから考えると、入れられるものはあと一つでしょう。
そんなとき、さくらちゃんがあかねちゃんを唆すとき、遊び道具を入れておくといい、といった旨のことを話していたことを思い出しました。

(遊び道具かあ…んー、これでいっか)

そう考えて中に設置したのは、親指と人差し指の間に収まるくらいの小ささのすべり台でした。なんだか、一気に空間の対象年齢が下がってしまったような気がしないでもないですが、それは置いておきまして。
ひとまずこれで、アオイちゃんのおうちが完成。あとは、アオイちゃんの帰りを待つだけ。なのですが……。

(こないなあ……)

アオイちゃんが部屋を発たってから、かれこれ20分は過ぎています。支度に手間取っているのかなと思って、もう少し待ってみることにしましたが、40分近く過ぎた頃でも、やはりアオイちゃんは姿を見せません。

そんなとき、あかねちゃんはある考えを持つようになりました。

(どうしよう、何か事故にあってしまったんじゃ…)

もちろん、そうなっていたら問題です。でも、それを心配することには、なんの問題もありません。友達として、か弱いアオイちゃんの身を案じるのは当然のことです。

けれど、あかねちゃんが考えた可能性は、それだけではなかったのです。

(——もし、アオイちゃんがこのまま、二度と戻ってこないつもりだったら?)

考えてみれば、閉じ込められること自体嫌なことではない、という言葉が建前で、心の内ではすごく嫌がっていたとしても、別に不思議な話ではありません。いくら友達にされることであっても、嫌なものは嫌であるというのは、あかねちゃんにも理解できることです。そして、そんなとき、友達に失望する権利だって、当然アオイちゃんにはあります。

もしアオイちゃんが本当にそう思っているのだとしたら、直前に与えられたこの自由を、利用しないという手があるでしょうか?アオイちゃんは今、どこへでも逃げられる状態にあるのです。アオイちゃんを信じていないというわけではもちろんありません。ただ、それだけ自分がアオイちゃんに酷いことをした、そしてそれを今も繰り返そうとしているという自覚が、あかねちゃんを不安にさせるのです。

(そんな、いやだよ……そんなことになるって分かっていたら、私、アオイちゃんを———)

そんなとき、背後から、小さな声が聞こえました。

「あ、あかねちゃん……遅くなって、ごめん……」

その声に、あかねちゃんは素早く振り返りました。少し先に、ピンポン球くらいに膨らんだ風呂敷を背中に抱えて、息を切らしているアオイちゃんの姿が見えました。

あかねちゃんのそばでアオイちゃんが風呂敷の結び目を解くと、まるで薔薇の蕾が開くみたいに、中から服やタオルなどが飛び出してきました。どうやらアオイちゃんが遅くなったのは、この大量の荷物を風呂敷一枚の中に詰め込むことに、そしてその重くなった風呂敷を一人であかねちゃんの部屋まで運ぶのに時間がかかったからであるようです。

「へえー…本当にこのワンピース、同じのを何着も持ってるんだね」
「うん。とりあえず荷物になりそうだったから4着しか持ってこなかったけど、家に帰ればもうちょっとあるよ」

好奇心をそそられたあかねちゃんはそのうちの1着を貰って、少し観察してみました。当たり前ですが、アオイちゃんの体の大きさに合わせて作られているので、人差し指の上に乗り切ってしまうくらいに小さいです。くしゃみなんかしたらどこかに吹き飛んで行ってしまいそうなので、注意していなければなりません。そして、それほど小さいのに、網目はきっと顕微鏡で見なければ分からないであろうほどに細やかで、見た目も可愛らしく、きっと人間ではとてもここまでのものはつくることができないだろうと感心しました。

「…それにしても、アオイちゃんがちゃんと戻ってきてくれて良かったよ。私、アオイちゃんがどこかに行っちゃったんじゃないかって……」

積もった荷物の中に観察した服を戻してから、そう言いました。

「……?なんで?」

それに対してアオイちゃんがきょとんとしてそんなことを言うものですから、本当に私を疑うってことを知らないんだな、と嬉しさを通り越してちょっと心配になってしまうくらいでした。でも、それがきっとアオイちゃんの良いところで、あかねちゃんはそんな彼女のことが好きなのです。
それにしても、たった一度、虫かごの中に閉じ込めただけで、逃げられることがこんなに心配になってしまうのだから、もっと長い間入れていたら、アオイちゃんを本当に手放せなくなってしまうのではないかと考えると、一抹の不安が残ります。ちょうど、首輪とリードに依存するあまり、それなしでは犬と外に出られなくなってしまう飼い主たちのように…。