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6話 友達と虫かご

お母さんにお使いを頼まれたあかねちゃんは、ふくれたエコバッグを片手に帰り道を歩いている途中、夕焼けをバッグに、手を振りながら自分の方に向かってくるシルエットを見つけました。
麦わら帽子を被り、手には背丈ほどの捕虫網、そして肩には紐付きの虫かごという、少年の夏休みという題で一枚の絵でも描けそうな格好をしたその女の子は、あかねちゃんの親友のさくらちゃんです。

「オッス。おつかい?」
「うん。さくらちゃんの方は分かりやすいね」
「あかねも行きたかった?」
「私はクーラーの効いた部屋にこもってるのが性に合ってるよ…」

あかねちゃん達の通う小学校は、一昨日から夏休みに入りました。二人にとっては、小学校生活最後の夏休みということになるので、それぞれちょっとした意気込みを持ってスタートを切っていました(具体的に言うなら、あかねちゃんの方はちょっと背伸びした本を夏休み中に五冊以上読むこと、さくらちゃんは毎日朝から日が暮れるまで遊ぶことです)。

「成果はこの子だけ?」

さくらちゃんの肩から下がる虫かごの中に入った、小さめのくわがたを指して言いました。この辺で取れるものとしてはもっともポピュラーなノコギリクワガタで、あかねちゃんでも知っています。

「他のは全部ガキンチョどもにもってかれた…」
「あ、そうなんだ…」

さくらちゃんがガキンチョどもというのは、彼女のことを慕っている近所の年下の子供たちのことで、今日はその子たちと一緒に虫捕りに出かけていたようです。
さて、ノコギリクワガタとしてもとても小さなこのくわがたですが、非常に元気は良いようで、ツルツルとした虫かごの壁を登ろうと、体を起こして懸命に前足を壁に擦り付けています。
それでも、まるでルームランナーの上を走っているときのように、くわがたは一歩も上の方に進むことができずにいました。

「かわいいね。ふふ、えいっ」

顔を近づけて、あかねちゃんがプラスチックの壁越しに胸の辺りを指でこつんとつついてみると、それだけでくわがたはバランスを崩して、後ろ向きに倒れ込んでしまいました。

「ひでぇ」
「捕まえたのはさくらちゃんでしょ」
「それを言われちゃうとな。まあ、この子は後で逃しちゃうんだけどね」
「えーっ、もったいない……どうして?」
「私の家うちじゃ、これ以上飼えないし……最近は捕まえた虫はだいたい一晩観察したらもとの場所に返すようにしてるよ」
「そっかあ」

さくらちゃんの家では、こういった昆虫の他にも、犬や熱帯魚など色々な生き物を飼っているので、お世話が追いつかなくなってしまうのも無理はありません。でもあかねちゃんが遊びに行ってみると、その生き物たちはいつも元気な状態でいるので、きっとさくらちゃんのお世話の仕方がいいのでしょう。見かけによらず。

「ところで、最近アノ子の様子はどう?」

中で起き上がらなくなっていたくわがたに手を貸してあげながら、さくらちゃんはそう聞いてきました。あの子とは、あかねちゃんのもう一人の友達である、小人のアオイちゃんのことでしょう。

「元気にしてるよ。夏休みに入ったから、一緒にいられる時間も多くなったの」
「へぇー、そりゃよかった。ね、やっぱりまだ私とは会えそうにない感じ…?」

さくらちゃんがねだるような目で見てきます。否定すれば、今から会いに行くと言い出しそうな雰囲気をあかねちゃんは感じ取っていました。

「んー……分からないけど、少なくとも本人は会いたがってはいない…と思う」
「そっかー。ま、とにかく元気そうならよかったよ」

あっさりと引いたところを見ると、あの事件のことでまだ、さくらちゃんなりに負い目を感じているのかもしれません。

「それに、多分今日はアオイちゃん来てないと思うし」

何気なく漏らした言葉でしたが、さくらちゃんはそこに引っかかりを覚えたようでした。

「ん?あかねの部屋で飼ってるわけじゃないの?」
「か、飼ってるって……。普段は私も知らないところに住んでるみたいで、来てくれる日と来られない日があるんだよ。最近はよく来てくれるんだけどね」
「ふーん」

ほんの少し嫌な予感がしました。さくらちゃんが情報を飲み込んだときの反応は、大まかに分けて「へぇー」と「ふーん」の二種類になるのですが、「ふーん」だった場合に、その後で彼女がろくなことを言い出さないのを、あかねちゃんは知っているのです。

「じゃあさ、あかねもアオイちゃんを、虫かごか何かに入れておけばいいんじゃないの?」

そしてその手の予感は、このお話では得てして的中してしまうものなのです。

「しないよ、そんなこと!」

アオイちゃんのそんな心ない提案に、流石のあかねちゃんも難色を示さずにはいられませんでした。

「でも、そうしたら毎日アオイちゃんをそばに置いておけるじゃん。あかねはアノ子といつでも一緒にいたいと思わないの?」

今度はしかし、あかねちゃんはしばしの間黙ってしまいました。

「そ、そりゃ……思うけど」
「じゃあ、なんでそうしないのさ」
「なんでって……虫かごなんかに入れたらかわいそうだよ!」

あかねちゃんがそうして来なかった理由は、本当はそればかりではないのです。でもこの時、あかねちゃんは変に焦りを感じていて、うまくそれを言葉にすることができない…というよりは、その自信がありませんでした。

「そうかなあ…案外悪くないと思ってもらえるかもよ?ほら、虫かごの中って安全だし、忘れずご飯さえ与えてあげれば生きていけるし、退屈そうにしてたらかごから出して一緒に遊べばいい話だし、遊び道具を一緒に入れておくこともできるしね」

ちょっと立ち止まって考えれば、さくらちゃんの言っていることは根本的におかしいと分かるはずなのに、でも、彼女の口から出る言葉には妙な説得力があって、あかねちゃんは今度は完全に黙りこくってしまいました。

「……」
「あ、今ちょっと悪くないかもって思ったでしょ」
「なっ…思ってないもん!」

もちろんそれは、虚勢でしかありませんでした。こういうとき、あかねちゃんは思うのです。結局またさくらちゃんのペースだ、またその気にさせられてる、ずるい、ずるい、さくらちゃんはずるい、と。
口喧嘩では誰にも負けたことのないさくらちゃんのことを、小さい頃はただ純粋に尊敬の眼差しで見ていました。自分が言いくるめられることもありましたけれど、それさえ何か清々しさのようなものを感じていたはずでした。だから、ほんの最近なのです。こういうとき、妬ましさや惨めさに似た感情まで抱くようになってしまったのは。もちろん、さくらちゃんのことは今だって変わらず大好きですが、それを別として感じてしまうのです。それは、さくらちゃんが持っている強さで、自分には決定的に欠けている部分であるという自覚に、11年の生を送ってきてようやく辿り着いたことから来ているものに他なりませんでした。

「それに、アノ子あかねにすごく懐いてるみたいだからさ、ずっとそばに置いてもらえることで、案外喜んでくれるんじゃない?」

それだけ言い残すと、さくらちゃんは満足したように自分の家の方に帰って行きました。