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7話 アオイちゃんとミドリちゃん

そして別の日、ミドリちゃんはいよいよ再度単身、あかねちゃんの部屋に潜り込むことを決心しました。アオイちゃんには内緒です。危険な行為に彼女を巻き込みたくなかったというのが半分、あれほど人間を貶した手前、人間を描くことに熱意を滾らせているのを知られることが気恥ずかしいというのが半分でした。

先日たった一度訪れただけではありますが、あかねちゃんの部屋までの順路は頭に入っています。この辺はさすが旅人さんといったところでしょうか。わずかな隙間をかいくぐって、物陰と物陰の間を、物音を立てずにすばしっこく駆け抜けて……ミドリちゃんは無事に、目的の場所にたどり着くことができました。

ついた時点では、部屋の中に人の気配はありませんでしたが、人間の子供たちが「がっこう」という場所に通うことは知っているので、それも想定済みでした。あの時と同じ、鉛筆削りの陰で画材をセットしながら、幼くて大きなモデルの女の子の到着を待ちます。

(…!何者かの気配!)

ミドリちゃんはそこでぴたりと動きを止め、意識を研ぎ澄まします。はじめは部屋の主が帰ってきたのかと思いましたが、どうやらもっと小さな生き物のようです。その姿を確認しようと、ちょっとずつ、慎重に鉛筆削りの陰から顔を出していきました。

(なっ、あれは……アオイさん…!?)

その通り、もう一人の侵入者の正体は、あのアオイちゃんだったのです。ミドリちゃんが呆気にとられている間に、彼女はピラミッドのように床の上に積まれた大小の本の上をぴょんぴょんと跳ねていって、広い広いベッドの上までたどり着いていました。

(何やってるのよ、こんなところで…!)

ミドリちゃんがここに来ようとしていたことに気付いて、連れ戻しに来たのかもしれない、と考えましたが、どうやらそういうわけでもなさそうです。なぜかといえば、ベッドの上に上がってからというもの、アオイちゃんは周りを探すような素振りも見せずに、その場でごろんと寝転んでしまったのですから。

(とにかく、早く助けにいかないと…!あんなところにいては、すぐにあの人間に見つかるに決まってるわ!)

そう思い、ミドリちゃんが陰から飛び出そうとした時でした。

 

ただいまぁ~

 

「っ…!?」

遠くの方から、あの人間の女の子のものであるとか思えない声が聞こえたのです。空耳でもありません。その証拠に、声の後に続くように、だんだんと人間の重々しい足音が迫ってきているのです。

慌ててアオイちゃんの方に視線を戻すと、流石の彼女も女の子の帰宅に気づいたようで、体を起こして足音の聞こえてくる方をじっと見ています。けれど、何か様子が変です。

(は、早く逃げなさいよ…!!)

起き上がったまま、アオイちゃんがその場から動こうとしないのです。

腰が抜けて動けなくなっていてもおかしくはありません。でもベッドの上は、ミドリちゃんのいるところからは大分離れているので、今からミドリちゃんが助けに行こうにももう時間がありません。下手に飛び出して、二人まとめて捕まえられてしまうというのが最悪のケースです。そうなっては誰からも助けてもらえず、二人仲良く一生あの子のペットとして生きていかなければならなくなるでしょう。

 

アオイちゃんは、絶えず出会いと別れを繰り返す旅の中で、初めてできた友達でした。旅の間、ミドリちゃんは必要とされているのは自分の絵であり、自分ではないのではないか、という不安を慢性的に抱え続けていました。でもそんな悩みも、アオイちゃんといる間は忘れることができたのです。心のどこかで、絵を描かせる依頼主ではなく、絵に付き合ってくれる彼女のような友達の存在を、ずっと求めていたのかもしれません。

 

そんな友達が今、絶体絶命の危機に陥っているのに、自分は指を加えて見ていることしかできない。長旅の経験も、ずっと飼い慣らしてきた人間への敵対心も、こんな肝心な時に何にも役に立ってくれない。相手はたった一人、自分たちと同じくらい幼い女の子だけなのに……。これまで味わったことのない無力感に、ミドリちゃんは泣きたくなってしまいました。

 

直後、足音は最高潮に達し、ついに部屋の主の女の子が、威風堂々とその姿を現しました。

(見つかった…)

その瞬間はあまりに呆気なく訪れました。しゃがみ込んで、ベッドの上の異物を、心なしか嬉しそうに見つめる女の子。あんな大きな存在に見下ろされるアオイちゃんは、どんな気分でいるのでしょうか。

やがて人間の女の子は、アオイちゃんに向かって手のひらを差し出します。それに合わせてすぐにアオイちゃんも、ぴょんっとその手のひらに乗り、そのまま女の子の顔の高さまでさらわれていきました。

ミドリちゃんはそこで、ようやく違和感を覚えました。

(今あの子、自分から手の上に乗らなかった?)

それも、なんの躊躇もせずに。それまで腰が抜けて動けなかった者の行動として、あまりに不自然ではないでしょうか?

アオイちゃんが別に動けなかったわけではないのなら、それは同時に「人間が来るのを分かっていながら動かなかった」ということになります。

その意味を考え、ミドリちゃんは首を振ります。まさか、そんなはずはない。そんなことあってはならない、と。

でも、次の瞬間、初めて直に聞くあの女の子の声が、全ての答えを明かしたのでした。

 

「ただいま、アオイちゃん」