ひとしきり活動を終えた少女の親指は、隣で、眠ったように動かなくなっていた。
近づいても、触れても、反応はない。けれど、いつまた動き出したっておかしくはない。
奥井はちらりと横を見る。
視線の先に、裏道が通じている。狭くて、仄暗く、3歩先より奥はもう見えない。危険な香り漂う————少女の、足指の溝。
奥井は、引きこもっていた時に触った、ダンジョンゲームのステージを思い出していた。奥の宝箱に釣られ、足を踏み入れると、両側の壁が迫ってきて、冒険者を容赦なく押し潰す——そんな見え透いたギミック。誰がこんなのに引っ掛かるのだと、その時は呆れ半分にプレイしていたのを覚えている。
そんな彼が今——同じ罠に、自ら足を踏み入れようとしている。冒険心ではない、もっと別の、邪な衝動に駆られて。
一歩目。
音を立てないようにつま先を置く。
かかとをつけるよりも先に、顎から一滴の汗が落ちた。
何かが起きるような気配はない。
二歩目。
視野角180度全てが少女の足に包まれる。
ぼくはここで初めて「入った」のだと思った。
三歩目。
ボトルネックのように道幅が狭まってきている。
既に、麻紐のように細い体をもってしても、肩を縮めて歩かなければならないほど。
誤って壁に肩を擦ってしまうのが、何より恐ろしかった。
四歩目。
引き返す最後のチャンスだった。
ここから先、もしあの女子児童が、気まぐれに足指を擦りでもしたら——。
心臓がばくばくと脈打つのが聞こえる。
五歩目。
暗闇の奥に、数粒の煌めきが見えた。
その煌めきの正体が、ぼくには分かっていた。
うまく呼吸ができなくなっていた。
六歩目。
空気が変わったのが分かった。
意思を持ったようにまとわりついてくる空気に、ぼくは抗うすべを持たなかった。
七歩目。
目が慣れてくる。
およそ、可愛らしい子どもが作り出しているとは思えない光景がそこにはあった。
表のすべすべとした肌とは違う、ごわごわと目の荒い肌が閉塞的に続いていて、松明に薄く照らされた地下牢の様な妖しい雰囲気があった。
八歩目。
ぼくは歩きながら、机の下から一度見上げただけの、あの子の顔を思い出していた。
ぼくに優しくしてくれた同級生によく似た、綺麗な顔と、目の前に映るこの世の最下層のような景色を交互に見比べて、ぼくは一人でときめきを感じていた。
九歩目。
道が少しひらける。
いよいよだ。
あとはもう、進んでいくだけ。
十歩目。
十一歩目。
十二歩目。
——道はそこで、行き止まりになっていた。
遠目にきらきらと光って見えたのは、その岩壁の隙間から滲み出る湧き水だった。
それを見た途端、意識の外にあった口の渇きが急速に思い出された。ぼくがあの時舐めたのは果実の皮に等しい。ぼくが本当に望んでいた搾りたての果汁はここにこそあった。
じゅぶ。
ぼくは犬のように跪いて、半ば啜るようにその果汁を————小学生女子の、足の指の股に滲んだ汗を舐めた。
(…………。)
ぼくはその一口目を、確かめるように味わった。
美味しいか、といえば分からなかった。
ぼくの頭に第一に浮かんだ感想は————「すごい」だった。
(……っ、……っ、……っ。)
例えるならそれは、強烈な酒とか、麻薬を飲んでいる感覚に近かった。喉よりも脳に流れ込み、内側からぼくを溶かしていくような——そんな味。
口の中に微かに残っていた嘔吐のねばっこく嫌な後味さえ、一瞬にして洗い流し、ぼくの味蕾を支配する。
(……すごい。すごい、すごいっ!!)
生まれて初めて味わう、見知らぬ女の子の、足の指の味。
澱のように立ち込める、あの子の足のにおいに、ぼくは酔いしれる。
今、この状況。もし、あの子に見つかったら。
それだけじゃない。もし、この子を大切に育ててきた、ご両親に知られたら。同じ教室で試験を受けている、他の子たちに知られたら。
くらくらする。どきどきする。ばくばくする。じんじんする。
本来流れてはいけない量の血液が、本来あってはならない速さで、ぼくの中を駆け巡っている。
まるで自分が爆弾になってしまったようだった。爆発寸前の爆弾も、きっとこんな風に、自分が生まれてきた意味を知るのだろう。
布団の中で閉じこもっていたら、絶対にこんな感覚は味わえない。
やっぱり、ぼくの決断は間違いじゃなかったと、ぼくは初めて心の底から思えた。
この時のぼくは、五感全てを舌と鼻に集中させて、無我夢中であの子の足の指を感じていた。
けれどある時に、ぼくの集中を乱す違和感が、下半身に芽生え始めているのを知覚する。
目をやると、熱く煮えたぎる蝋が、ぼくという蝋燭の先端からボタボタと溶け出していた。
ぼくはその出どころに手を伸ばして、いつものように鎮めようとした。
けれど、触れる寸前で手が止まる。
脳裏に、恐ろしいアイデアがよぎった。
(……もしかして、)
運動をやめたこの瞬間も、ぼくの情欲は、噴射口からぼたぼたと溢れている。さっきかおあずけを食らっていただけに、無理もなかった。
鎮まるどころか、まるで意思を持ったように隆起し————バキバキに充血した眼で、一点を固く凝視していた。
(だっ、だめ、だめだ。だめっ……)
口が震えて、ぼくは自分の頭の中の恐ろしい考えを、満足に否定することすらできなかった。
ぼくは深呼吸して落ち着こうとした。
すうぅ。
(っ!、けほっけほっ……!)
鼻の奥で、吸い込んだ空気が弾けた。
頭の中に、あのにおいが広がっていく。くるしいはずなのに、どうしようもなく心地がいい。喫煙者もこんな気分でニコチンを吸うのだろうか。
ぐらついた足元に、はずみで飛び散った、数滴の不発弾が映る。神聖な学舎に、本来生じるはずのない汚れ。ぼくは取り憑かれたようにその汚れを見つめ————そして今一度、少女の足指の肉壁に目を戻した。
たち塞がる堅牢な障壁。今のぼくがどうこうできるなんて、思い上がりも甚だしい話に思える。けれどそれは同時に————無防備な、ひとりの少女の素肌にすぎない。
(————、)
あの子のにおいが、ぼくの思考に介入する。わずかに残った理性さえ奪われたぼくは、操られるように、足指の秘部に手をかける。
そして。
(……っ)
————ぼくは、越えたはいけない一線を越える。
奉仕でも、遊戯でも、なんでもない。一切の言い訳の余地も無い、衝動任せの、一方的な猥褻行為。
少女の目を盗んで、ぼくはその未成熟な足の指とセックスをする。
(……はっ、はっ、はっ、はっ、)
はじめて数秒で、ぼくはその身を焦がすような快楽に溺れていた。
先っちょが、ぬるぬると汗に濡れて、きめの細かい皮膚に擦れるその感触はさることながら、生きた体温とちんちんで触れ合うのが、こんなに素晴らしいことだったなんて、ぼくは知らなかった。
でも、それだけじゃない。
ぼくみたいな生きている価値のない人間の、汚物同然のチンポを、きっと毎日真面目に受験勉強に励んでいる、前途洋々なお嬢様の、汚れを知らないおみ足に、押し当て、擦り付ける。
こんな痛快なことが、ほかにあるだろうか。
学校に通っていた頃の彼といえば、同性にはナヨナヨして不愉快だと爪弾きにされ、異性には汚物のように扱われ、男性としての自尊心を傷つけられてばかりだった。恋慕の情を寄せるあの森川安純という同級生に、マザーテレサが弱者に向けるような慈愛を受けた時でさえ、彼は自分が惨めに思えてくることがあった。
だがこの時、奥井は生まれて初めて、自分が雄であることを実感し、ひび割れた自尊心が満たされていく感覚を味わっていた。
肉食獣のように猛々しく、非力な雌鹿を屈服させ、自分色に汚していく。
これは少女に対する支配であり、同時に自分を軽んじてきた全ての人間に対する復讐でもあった。
ぼくのことを内心で見下していた女子たちに対して。最後までぼくを救ってあげるべきかわいそうな存在としてしか見ていなかった安純に対して。ぼくのような弱者には到底掴むことのできない幸せをいくつも味わってきたのであろう、この娘の両親に対して。そして、自分がいかに恵まれているかなど自覚もせずに、ぬくぬくと育ってきたのであろうこの娘に対して。
(はっ……ははっ、ハハハハッ!)
面白くて仕方がなかった。
熱く滾る肉棒に感情を乗せて、強く押しつけるほどに、気持ちよかった。
もうあの頃の弱い自分はいない。
俯瞰すれば、その姿が尺取り虫の裸踊りにしか見えなかったとしても、彼は本気でそう信じていた。
そうして、間も無く————
びゅくっ、びゅくくっ、びゅくるるっ!


