久しぶりに足を踏み入れたB組の教室は、深夜であることを差し引いても、まるで知らない場所のように感じられた。
少し変わったらしい机の配置。増えた掲示板の飾り。その空気にさえ、日中の生活の残り香がまだ残っているようだった。
ただ1人ぼくを置いて、この部屋の時間は進んでいるんだ。奥井は、そう感じずにはいられなかった。
奥井宏哉は、高校一年生にして、いわゆる不登校という身分にあった。その理由は、新しい環境に馴染めなかったという、ごくありふれたものである。
私立の中高一貫校で、学年の半数が中等部からの持ち上がりという構成。それ故に、奥井が入学した時点で、教室の中では既にある程度の関係性が出来上がっていた。
加えて彼には、社交性にも、愛想にも、面白味にも欠けるところがあった。かといって何か秀でた才を持っているわけでもなかった。
そんな者を積極的に輪の中に加えようとする、この歳の人間など、極めて稀有な存在といえるだろう。
奥井は、学生服の——彼には忍び込む時でさえ学生服で来てしまうような不器用さがあった——ポケットの中から、小型の懐中電灯を取り出す。照らした先、黒板脇の掲示板の下の方に、教室の「今の」座席表が貼られている。
その座席表に、彼の名前はなかった——が、そんな感傷に浸ることが、ここへきた目的ではない。
明かりを消し、掲示板を後にした彼が向かったのは、月明かりが照らす窓際の一席。
(森川……安純さん)
机の隅をそっと撫でながら、奥井は、その持ち主のことを想った。
森川安純。それは彼が、唯一この教室に残してきた未練だった。
明るくて、優しくて、誰からも好かれる女の子。彼女の人となりを問われれば、きっとそんな答えになるだろう。
そして彼女は——たった1人、吃りがちな奥井の声に、耳を傾けてくれた存在でもあった。
手の届かない存在であることは分かっている。けれど。
奥井はいつしか、ポケットの中に忍ばせたもう一つの物を、きゅっと握っていた。
一昨日、薄暗い路地裏で偶然拾った、人体をも縮めてしまうという例の縮小機。
拾った瞬間。ぼくの頭に、あの子の顔が浮かんでいた。
——小人さんってさぁ、カワイイよね。私も飼ってみたいなあ。
いつだったかあの子は、友達にそんなことを話していた。ぼくはその楽しげな声を、隣で、机に突っ伏しながら、妙にどきどきとした気持ちで聞いているしかなかったのだけれど。
……そうだ。これがあれば、あの子の特別になれる。こんな、何の取り柄もないぼくだって————。


