「あかねっ!昨日はホンッットごめん!!」
翌朝、いつもの待ち合わせ場所を通ると、すでにそこで待っていた(こんなことは初めてです)さくらちゃんが、開口一番そう言ってきました。
さくらちゃんの方から謝ってきて、自分が許してきれいさっぱり仲直り。それはあかねちゃんのもっとも望んでいた形でもあったはずですが、あまりにもあっさり実現してしまい、あかねちゃんはなんだか拍子抜けしてしまいました。
そしてそれは少しと持たないうちに、沸騰直前のお湯のような、ふつふつとした苛立ちの感情に変化していきます。
(謝れば、簡単に許してもらえると思ったの?)
確かにあかねちゃんの中には、さくらちゃんと仲直りがしたいという思いもあります。けれど同時に、昨日のさくらちゃんの行為は、そう簡単に許していいようなものではない、とも感じているのです。
そこへきてさくらちゃんのこの、勢いばかりよくて、まるで誠意のかけらもこもっていないような謝罪。
いや、あかねちゃんが苛立ちを覚えたのはそこだけではないのです。
(あんなに悩んでいたのは、私だけだったの?)
一度は投げやりな気持ちになろうとしてみたものの、やはりあかねちゃんの暗澹とした悩みが消えることもなく、夜もなかなか寝付けずにいました。今朝だって、さくらちゃんと会うのが怖くて、玄関のドアノブを何度も握っては放し、握っては放し、といったようなことをしていたほどです。
それなのに、さくらちゃんはあかねちゃんの顔を見たとたん、何をためらう様子もなく駆け寄ってきて…。
「……知らない」
結局、あかねちゃんはそっけなくそう言って、ひとりでさっさと歩いて行ってしまいました。
(ああ、これで今度こそ本当に絶交だな)
後ろを振り返ることはできませんでした。
周りに歩く人が誰もいなかったことが、あかねちゃんにとっては救いだったかもしれません。このときのあかねちゃんの様子を知ることができたのは、ふと曲がり角に立つカーブミラーに目を向けた、あかねちゃん自身だけなのでした。
ところが、朝礼前。
「あかねごめん!このとーりだ…!」
「…」
「おい百木、さっさと席につけ」
それから、一時間目の休み時間。
「マジごめん!お詫びになんでもいうこと聞くから!」
「……」
またまた、三時間目、音楽室への移動時間。
「待って、聞いてよあかね!ほんとに悪かったって思ってるから!」
「………」
今度は、お昼休み、図書室にて。
「ごめん!ごめんよあかね!」
「…………」
「図書室では静かに!!」
そして、帰り道。
「あかねぇ……ごめんて……」
「……………はあ…」
あかねちゃんは立ち止まって、とうとう口を開きました。
「…昨日見たことは、絶対誰にも言わないって約束して。それなら返事してあげるから」
「い、言わない!言ってないし言わない!絶対に言わないから…!」
それを聞いて、あかねちゃんはやっと後ろに振り向きました。
今日初めて、ちゃんとさくらちゃんの顔を見た気がします。
少し涙ぐんだ両の目。ほっぺには大きく押された薄赤い手形。
「…ふ、ふふっ」
そんな間の抜けて気の弱そうなさくらちゃんは見たことがなくて、それがおかしくって、あかねちゃんはなんだかもう全てがどうでもよくなってしまいました。
「しょうがないなあ…さくらちゃんは」
さくらちゃんはそこに、最前までの仏頂面が嘘のように自然で柔らかな、少しあきれたようなあかねちゃんの笑顔を見ました。
「ゆ、許してくれるの……?」
「許す許さないっていうか、なんかもう怒る気失せちゃった」
「あっ…あかね〜〜〜〜っ!」
ぎゅーっと抱きつかれ、ほとんど一方的な頬ずりを受けながら、あかねちゃんは思いました。
そうだった、さくらちゃんってこういう子だったな。
それは何か、心地が良いくらいの納得でした。考えてみればみるほど、どこまでもさくらちゃんらしい仲直りの仕方であるような気がして、笑ってしまうほどです。
きっと、さくらちゃんもあかねちゃんと同じように、昨晩はずっと喧嘩別れしてしまったことが頭から離れなかったのでしょう。いや、あかねちゃん以上に、かもしれません。何しろ、あのとがったところがないような性質のあかねちゃんに、頬を思いっきりぶたれたことなんて、何年も一緒にいて一度もなかったのですから。
でもそんなとき、悩みを内側に抱え込んで苦しみ続けてしまうのがあかねちゃんなら、考え込むのをスッパリやめて行動に移してしまえるのがさくらちゃんなのです。
そうして出てきたのがあの不器用で、無鉄砲で、しつこくて、しおらしさを毫も感じさせないような謝り方。平謝りという表現ですら控えめであるような気がします。言うなれば謝罪のごり押しです。
もし、何か悪いことをしてしまった子供が、先生にあんな謝り方をしたら、「本当に悪いと思っているの?」という反応をされ、火に油を注ぐことになってしまうでしょう。事実、あかねちゃんだって最初はそれに似た感想を抱きました。
でも、何度も繰り返されるうちに、あかねちゃんの見方は変わっていきました。心の底から反省してるように「見える」謝罪よりも、よほどまっすぐで、ごまかしの無い謝罪であるように思えてきたのです。
そして、何より。
自分よりもずっと友達の多いさくらちゃんが、それだけ自分との仲を大事に思ってくれていたことが、あかねちゃんはとても嬉しかったのです。


