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6話 友達と虫かご

ガチャガチャ、とドアノブを一回余計にひねる音は、最近二人で考えた、入ってくるのがあかねちゃんであることを知らせるための合図です。開かれたドアからは、その合図通りに、見上げるほどに大きなあかねちゃんが姿を現し、悠然とアオイちゃんの方に歩み寄って来たのでした。

「あかねちゃん!おかえり!」
「アオイちゃん。ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、ついさっき来たところだよ」

そこでふと、ベッドの上に立つアオイちゃんの目線の高さ、つまりあかねちゃんの肌色が眩しい膝ほどの高さに、買い物袋が下がっていることに気がつきました。

「どこか買い物に行ってたの?」
「そんなとこ。あ…これはね、アオイちゃんにと思って買ってきたんだよ」
「私に?へーっ、なんだろ」

中身を決して透かさない材質でできた買い物袋であったため、得られる情報といえば、ある程度の大きさくらいでした。でもそれが、アオイちゃんにふさわしいような「小物」の大きさではないらしいので、いよいよその正体が分からなくなってしまいました。

「ねえ、アオイちゃんはもし私といつでも一緒にいられるようになるとしたらどう思う?」
「そりゃ…もちろん嬉しいよ。でも、危ないし、きっとあかねちゃんに迷惑かけちゃうし…」
「ん、そっか。それだけ聞けて良かった」
「?」

このあたりから、今日のあかねちゃんはなにか少し様子が変だと感じ始めていました。でもそれを口に出せるほど、アオイちゃんはまだ確信には近づけていませんでした。そんなとき、あかねちゃんの手のひらが、すっとアオイちゃんの前に差し出されました。
見上げると、ニコッと笑うあかねちゃんの顔がありました。

「乗って」
「う、うん」

その笑顔に、アオイちゃんはやっぱりどこか引っかかるものを感じました。いつもの、見ていると胸がぽかぽかするあの笑顔と何が違うのかと言われると、説明できる気はしませんでしたが……。

「目をつむってくれる?」
「こう…?」
「うん。ありがとう」

次回から完全に黒に覆われたとき、自分を乗せた手のひらがゆっくりと動きだすのを知覚しました。どこに連れて行かれるのかと気にしだした頃、よそで何か物音がするのが聞こえてきました。ガタガタ、ゴトゴトという硬質な音に、パカッ、と取り付けのしっかりした蓋を開けるような音が混じります。ひょっとすると、あの袋に入っていたのは、プレゼントの入ったケースだったのかも、とアオイちゃんは考えました。なるほどそれなら、こうやってサプライズのために目を瞑らせるのも納得です。

「そのままゆっくり前に歩いて、手から降りてくれる?」
「うん」

一歩、二歩……とゆっくり足を進めていき、やがて六歩まで来たところで、ブーツの裏に受けるのが、柔らかい皮膚の感触から、硬い地面の感触に変わりました。
「はい、お疲れ様。目を開けていいよ」
両足がその地面につくと、上の方からあかねちゃんの声が聞こえました。その指示通りに目を開けてみますが、入ってくるのは先程までと同じベッドの上の景色ばかりで、目を瞑っている間になんの変化がもたらされたのか、判然としませんでした。

「今日からはそこが、新しいアオイちゃんのおうちだよ」

そのとき初めて、アオイちゃんは反響するように聞こえる声にたいする違和感を覚えました。いつも同じ場所で聞くあかねちゃんの声は、そんな質ではなかったはずです。

次に気づいたのは、確かに自分の足元に広がっている、薄桃色のベッドのシーツと、実際に足に感じている地面の硬さの不釣り合いでした。そこでようやく、アオイちゃんははっきりと(何かが変だ)と思うに至りました。

変といえば、たった今あかねちゃんが放った言葉も、どういう角度から捉えようとしたところで、やっぱり変なのです。

「あかねちゃん、ここ、どこ?ねえ、新しいおうちって、どういうこと……?」

あかねちゃんは何も答えてくれません。きっと、自分の声が聞こえていないからだと信じて、もっとあかねちゃんに近づくべく、いやに硬くて歩きやすいシーツの上を歩き出しました。

「……!」

でも、その足はすぐに止まりました。その時、頬を伝って落ちた汗を、シーツに見えている地面は当然のように吸ってはくれませんでした。

アオイちゃんは、恐る恐るその場で手を伸ばしてみました。

その腕が伸び切る前に、アオイちゃんの小さな手のひらは、震えるほど冷たい透明な壁に出会ってしまったのでした。

あまりに急に押し寄せてきた焦燥感。一度壁の存在に気づくと、連鎖的にそれがどういう形状で張り巡らされているのかもはっきりと見えていきました。

アオイちゃんの四方を囲むように存在する、景色を透かした壁。出口らしきものは、どこに見つけることもできず。

異質なこの空間に自分が閉じ込められていることを、アオイちゃんはようやく知ったのでした。

「で、出られないよ…!助けて、あかねちゃん…!!」

壁をぱたぱたと叩いて、アオイちゃんは懸命に主張しました。

閉じ込められた——大好きな友達の、あかねちゃんに。何かの間違いだと思いたくて、アオイちゃんはひたむきにあかねちゃんの言葉を求めていました。

すると、透明の壁を隔てたアオイちゃんのすぐ目の前に、ぬっとあかねちゃんの顔が現れました。その時、アオイちゃんは息を呑んで、我知らず一歩後ずさりしていました。

壁を取り除いてしまえば、あかねちゃんのあたたかな体熱すら伝わってきそうな距離。高いと思っていたはずのこの透明な壁ですら、全容を収めることのできないくらいに大きいことを思い知らせてくるあかねちゃんの顔。そんな顔の中心から、普段では気づくことのできないであろう冷たい光を宿して、ぎょろりと自分だけに向けられている瞳。

彼女の方から、こんなに無遠慮に顔を近づけてきたことなんて今までありませんでした。

閉じ込められているという事実を考慮しなければ、アオイちゃんの視界に映し出される景色はいつも見ているものと変わらないのです。けれど、あかねちゃんの方からすれば……虫かごの中に収まるアオイちゃんという、明確にいつもとは違った景色が見えているのです。このずれが、いつもは確かに一致していたはずの二人の距離感に狂いを生じさせてしまったのかもしれません。

「ごめんね、自力では出られないと思うけど、そこなら安心して過ごせると思うから」

希望をあっけなく打ち砕かれて呆然としている間に、あかねちゃんの顔は視界からフェードアウトしていきました。

それでも、あかねちゃんがみずからの意思で自分をここに閉じ込めたのだという事実をまだ受けられないでいると、突然、蛍光灯の光が及んでいたはずの周囲が、薄暗い影に覆われるのを認めました。

見上げると、四角いふちの向こう側で、何やらあかねちゃんが、網目状の穴がところどころに刻まれた、黄緑色の板のようなものを構えていました。

ここまでくれば、もはやそれが一体何であるのか考えるのは、アオイちゃんにとって難しいことではありませんでした。

アオイちゃんを、あかねちゃんの生活する世界から完全に隔離してしまう装置であるその蓋は、人工的な黄緑で視界を覆い尽くしながら、どんどん、どんどん、アオイちゃんのいるこの空間に迫ってきていました。

「そんな、聞いてないよ…!あっ待って、閉めないで!あかねちゃん!あか———」

声の途中で、縁と接する寸前まで来ていた蓋はすっと横にスライドしていき、代わりに、少し困ったようにアオイちゃんを見下ろす、あかねちゃんの顔が露わになりました。

「そんなにいや…?」

「う、うん」

そんな顔をされるとは思わなくて、アオイちゃんはかえって戸惑ってしまいました。でも、やっとあかねちゃんらしい部分を覗くことができたような気もします。突然、なんの予告もなく、優しかったあかねちゃんが、昔アオイちゃんの思い描いていた、小さい者の言葉なんて聞こうともせず、平気でその命を弄ぶ残虐な人間に豹変してしまったのではないかと、精神にヒビが入りかけていましたから。

「んー……じゃあ、ちょっとしたゲームをしよっか」

そう言って、あかねちゃんは人差し指を一本、アオイちゃんの頭の少し上くらいの高さに降ろしてきました。

「私があちこちに移動させる指に掴まることができたら出してあげる」

見上げながら、アオイちゃんはごくりと唾を飲みました。要するに、あの指との鬼ごっこをさせられるというわけです。高さで言えば、思い切りジャンプすればどうにか掴まることができそうというところ。ゲームというからには、絶対に手の届かないような位置には、少なくともあかねちゃんの性格から言えばしてこないはずです。

「そのかわり、できなかったらもう二度とそこから出してあげないよ」

(え?)

それ以上の説明はなく、あかねちゃんはニコッと、またあのいつもと何かが違う笑みを浮かべただけでした。

「ちょ、ちょっと待っ」

「制限時間は私が60数えるまでね。それじゃあスタート!」