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6話 友達と虫かご

時刻は少し進んで、8時頃。お風呂から出て、ぽかぽか湯気をまといながら部屋に戻ってくると、ベッドの上の定位置に、アオイちゃんがちょこなんと座っているのが目につきました。

「あれ?アオイちゃん。こんばんは」
「えへへ、来ちゃった」

あかねちゃんが入ってきたのに気がつくと、アオイちゃんは笑顔を咲かせて、ベッドの端まで駆け寄ってきてました。そんなアオイちゃんを、あかねちゃんはいつものように手のひらの上に乗せてあげました。

「あかねちゃんの手、なんだかいつも以上にぽかぽかしてる…」
「お風呂に入ってきたところだからね。アオイちゃんも入りたかった?」
「私は、もう体キレイにしてきたから」
「そっか。それにしても珍しいね、こんな時間に来るなんて」
「そ、それなんだけど……」

アオイちゃんははじめもじもじとしていましたが、やがて意を決したように真っ直ぐあかねちゃんの目を見て言いました。

「あの、今晩あかねちゃんのお部屋に止めて欲しいの」
「えっ?」

あかねちゃんが驚いてうっかり漏らしてしまった声を、肯定的な返事ではないと捉えたのか、アオイちゃんの視線はまたゆっくりと沈んでいきました。

「ご、ごめん、急にこんなお願いされたら困るよね…」
「確かにいきなりでびっくりはしたけど……困りなんてしないよ。むしろ大歓迎!」
「ほんとう…!?」
「うん!でも、どうして?」

アオイちゃんの様子を見るに、ただ泊まりに来たい気分だったからではなく、何か深い事情があるに違いありません。

「今日の夜、嵐がやって来るみたいだから…」
「嵐?あ、そういえば天気予報では大雨になるって言ってたような……あれ、でもアオイちゃんはどうやって知ったの?」
「空模様を見てれば、だいたいの天気は予想できるよ」
「へぇー、すっごい!」

感心しながら、あかねちゃんはちょっとした意地悪を思いつきました。

「嵐、怖いんだ?」

そうからかうように(最近、あかねちゃんも少しずつこういう言い方に慣れてきました)聞けば、アオイちゃんがいつもみたいにかわいい反応を見せてくれるだろうと期待していたのです。

「……うん」

けれどそれに対するアオイちゃんの返事が存外に素直なものだったので、あかねちゃんもそれ以上は発展させることができませんでした。

10時半頃。布団に潜ってから少し経つと、アオイちゃんの言っていた通り、窓の向こうに酷い嵐がやってきました。強い雨が絶えず窓に打ちつけられ、風はざわざわと木の葉を騒がせ、時折それら全てを遮るようにして、雷が真夜中の空に激しく鳴り響くのでした。

「きゃ…!」

ピカリと光る稲光は、壁に守られているはずのあかねちゃんの部屋の中にまでも緊張感を走らせます。

あかねちゃんは、嵐を恐れてやってきたアオイちゃんを他人事のようにからかっていた少し前の自分を恥じていました。こんな状況では、心を落ち着けてぐっすり眠るなんて到底不可能であるように思えました。

ですが、怖がって震えているのはあかねちゃんばかりで、アオイちゃんの方は妙に落ち着き払っていました。その口で、アオイちゃんは呟きました。

「こんなに心の休まる夜は初めて……」

「えっ?」

それが強がりなどではないのは一目瞭然でした。だからこそ、それが一体どういうことなのか、あかねちゃんは理解できないでいました。

「あ、アオイちゃんは怖くないの…?」

「怖いよ。もちろん怖いんだけど……」

落ち着いた調子のまま、アオイちゃんは続けます。

「……私ね。いつも夜が来るのが怖いの。寒さに凍えない日はないし、いつ、どんな生き物に襲われるかも分からないし、雨の日は家の中に水が流れて来るし……きっと今日みたいな日はもっと酷いことになってる」

あかねちゃんは、言葉を失っていました。だって、アオイちゃんの口から発せられたのは、全てあかねちゃんが知らなかった、知ろうともしてこなかった事実だったのですから。

(私、そんなことも知らないで……)

てっきり、あかねちゃんはずっとアオイちゃんが自分と同じレベルで嵐を怖がっているものだと思っていました。だから、それをからかおうなんて浅はかな考えに至ったのです。

あの時、アオイちゃんが素直に認めたのは、自分の抱いているものなんかとは比較にならない、生命のレベルでの恐怖からだったのだと、あかねちゃんはようやく気づかされたのでした。

「でも今は、こんなに温かい布団が私を受け入れてくれてる。……大好きなあかねちゃんが、こんなにすぐそばにいてくれる。だから、私今、すごく安心してるんだよ」

アオイちゃんの柔らかな笑顔に、胸が締め付けられるのを感じました。

「……こうしてずっと、あかねちゃんのそばにいられたらいいのにな」

「アオイちゃん……」

その時、あかねちゃんは夕ごろ、さくらちゃんが去り際に放って行った言葉を思い出しました。

——それに、アノ子あかねにすごく懐いてるみたいだからさ、ずっとそばに置いてもらえることで、案外喜んでくれるんじゃない?

「……私も、おんなじ気持ちだよ。だから……」

と、途中まで言いかけたあかねちゃんでしたが、体の正面を彼女の方に向けたまま、アオイちゃんはもう既に目を閉じて、安らかに寝息を立てていました。

(寝ちゃった、か……。……って、寝ちゃったかじゃないよっ!)

お喋りをして嵐の怖さを紛らわせるために一緒にあかねちゃんのベッドの上にいたのであって、もともとアオイちゃんには、前に泊めた時に作った専用のベッドで寝てもらおうと考えていたのです。これだけの体の大きさの違いがある中で一緒のベッドで寝たら、事故が起きないとも限らないですから…。

(……出来るだけ端っこに寄って寝よう)