<<『優奈』エピソード一覧に戻る

2話

ポケットをまさぐりながら廊下を歩いていると、鍵を見つけると同時に、側溝にセミの死骸が落ちているのが目に入った。

日中は残暑に見舞われていても、夕方になると、夏は終わろうとしているのだなと実感する。できれば日中も、早いところ涼しくなって欲しいけど。

鍵を開ける。家に帰って、靴を脱ぐ。ついでに、脱ぎ散らかした心菜の靴も揃えておく。

(かかとも踏んじゃって……)

ため息をつく。ちょうど、そのかかとも直そうと思った時、向こうから心菜が興奮気味に走ってきた。

「ねぇねーっ、きいてきいて!」

「あ、ここっ。ちょっとこれ——」

「こびとさんっ!こびとさんっ!」

心菜の口から出てくるはずのない言葉に、一瞬、耳を疑った。

「え、こびと……?」

「うん!虫かごにね、こびとさんが入ってたの!!あれ、ねぇねが捕まえたの!?」

それって。

冷たい汗が、鼻筋を伝う。

心菜が?うそ、なんで、だって。いや、それより。

「え、その……小人さんって、今どうしてる……?」

「エサ食べてるよ!ねぇねも見る?」

エサ?え、大丈夫だよね?ちゃんと、生きてるよね……?

誇らしげに歩く心菜。その後ろをついて行きながら、優奈は不安を募らせる。心菜は物を大事にしない。靴もそうであれば、捕まえてきた虫だって。もしあの人に何かあったら、どうなる?ご親族に連絡?救急車?警察————?

「ねぇね?」

心菜が、不思議そうに優奈の顔を覗き込む。

「あっごめん……。その中に小人さんがいるの?」

「うん、見てほら!」

心菜が指差した所には、スーパーボール大の飴が転がっていた。これが、心菜の言っていた「エサ」なのだろうか。

そして。

(……いた。)

優奈は顔を近づけると、餌にたかる、1匹の虫を発見した。その姿を見て、優奈は色々なことを感じたが、生きて動いていることにひとまずは安堵した。

「あのねーここちゃん……実はこの小人さん、私が見つけたんだけど」

「えー!どこどこっ、どこでみつけたの!」

「あーえーっと、でね、聞いて欲しいんだけどー……この小人さんはね、もともとは私やここちゃんと同じ大きさの、人間だったの」

「えっ?えっ?」

「お隣に住んでるおじさん、分かる?」

「うん……」

「小人さんは、その人なの」

「ちっちゃくなっちゃったの?」

「そう」

「なんで?なんでちっちゃくなったの?」

「そこは私も分からないんだけど……ちなみにここちゃん、小人さんのこと触ったり、こっから出したりした?」

「うん」

「じゃ、今度からは勝手に触ったりしちゃだめ。間違って潰しちゃったりしたら大変なんだから。分かった?」

「えーっ……」

「えーじゃない。潰しちゃったりしたら、おまわりさんに捕まっちゃうの。そんなのイヤでしょ。」

「うん……」

「じゃあおねえちゃん、ちょっと小人さんとお話ししたいから、いったん静かにしててもらえる?」

心菜を後ろに下がらせ、まだ餌を舐め続けていた、中の小人とのコンタクトを試みる。

「……さん、……さん、大丈夫ですか?」

ノックをするように、爪の先でコツコツとアクリルの板をつっつきながら呼びかけてみるが、何も反応を示さない。食事に夢中で、聞こえていないのだろうか?

「……ごめんなさーい、ちょっと失礼しますね。」

やむを得ず、優奈はまずその餌を取りのぞくことにした。小人の世界に舞い降りた、美しき優奈の指が、飴玉に触れる。

ぬめり。

(っ……?)

瞬間、優奈はその指を引っ込める。

それは、彼女の予測にない感触だった。飴玉は、まるでなめくじの体のように、ほんのりと湿っていた。

「は……!?ここ、まさかこの飴って、一回舐めたやつなの?」

姉の顔色を察してか、心菜はバツが悪そうに答える。

「うん……」

「……バカっ!」

信じらんない。サイアク。何考えてんの。優奈は頭を抱える。

虫かごの中を見ると、男はまだ、餌を食べているところだった。妹が口に入れた飴を、男が今も、夢中になって舐めている。

たちまちそれは、身の毛のよだつような地獄絵図へと様変わりする。