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1話

0.プロローグ

もともと、大規模な物質縮小機は一般個人が手にできないほど高価なもので、さらに使用にも公的機関の許可と資格が必要なため、人類の縮小はもはやファンタジーではなくなったが、多くの人にとっては手が届かない世界であることに変わりはなかった。

しかし、世の中には人体の縮小に異常な程の執着を持つ人種も存在する。榊原雄一もその1人だった。先に断っておくが、彼はこの物語の主人公ではない。ただ、異常な人種の中でもとりわけ危険な思想の持ち主であり、そして同時に機械工学とソフトウェア開発、そして縮小メカニズムのそれぞれに比類なき知見と技能を持ち合わせた人物であった。

当時、一般に流通していたポータブルの縮小機は、非生物を1/2、高性能のもので1/4まで縮めることができるというのものだった。榊原は、これらを自身の能力によって人類を1/100(ant-sizedという単位である)まで縮めるというものに改造した。

とはいえ、これだけでは彼の能力がいかに優れていたか、という話に留まる。ポータブル縮小機の改造自体違法であるが、人体に影響を与えるものにまで作り変えたという例はそれまでになかった。ここから記すのは、彼の危険思想の部分である。

早い話が、自身の作り変えた縮小機で、社会に混乱を巻き起こすという思想であった。彼は中途採用で、ポータブル縮小機の製造の現場に潜り込み、製品を自身の改造品にすり替えた。その数、締めて3000点である。

後の調査により、改造品流通後1ヶ月時点でのこの事件による被害総数はおよそ2万人と推定された。しかし、報道の動きは慎重であった。というのも、改造品の存在を周知してしまえば、悪用する人間や模倣犯が出てくることは明白であったから。企業は期間内の購入データを洗い秘密裏に回収に動いていたが、実際に回収、処分できたのは3000点のうちたったの200点であった。

そして結局は、一般のSNSでの報告が相次いだことや、末端のメディアの報道から、瞬く間に事件の情報が広まってしまい、企業は倒産にまで追い込まれ、危惧の通り縮小機を用いた犯罪が頻発するようになり、彼の計画通りに社会中が混乱の渦に巻き込まれることとなった。後に榊原雄一は逮捕され、計画性と被害規模の大きさから極刑が言い渡された。

もっとも、この名はこれ以上登場しないため覚えなくてもいい。この物語の主人公は、彼の計画の(記録上ではなく事実上の)第一の犠牲者であるところの、1人のうだつの上がらないサラリーマンであった。