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1話

3.優奈

優奈たち佐藤家が、それまで空室だった隣の部屋に越してきたのは、2年前、すなわち男が27歳、優奈が9歳の頃だった。

「ほら、挨拶なさい!ああ、もう……すみませんね、この子少し人見知りするたちでして。よろしくお願いします。これ、召し上がってください」

「あぁ、はぁ、どうも。こちらこそよろしくお願いします」

母と男との立ち話の横で、彼女はずっと不貞腐れた様子で目を合わそうとしなかった。無愛想な子というのが第一印象だった。しかし、当時飼っていた水槽のヌマエビにはちらちらと興味を示していたのを微笑ましく思った記憶もある。

冒頭でも話したが、優奈は特別愛想の悪い少女ではなかった。今思うと、この時の態度にも無理のないところがあった。10やそこらの年頃の子どもにとって、両親の離婚が自身の生活にどれほど複雑な影響を与えるか、測りかねるがしかし想像はつく。

ここから記しているのは男なりの弁解のようなものである。彼が優奈に執着するのは、ただ男が小児性愛者であり、彼女が「小学生」で「お隣さん」だからではないということ。男にとって彼女は、何か一つでも欠けていれば成立しない、代替不可能な「優奈」と名のついた芸術品であった。

端的に言えば、優奈は歳の割に利口な少女だった。半年もした頃には立ち直り、すれ違う住人には笑顔での挨拶を忘れない。また、妹の面倒見もよく、何か悪さをすれば言って聞かせ、何が欲しいものがあっても我慢し、いつも妹の希望を優先してあげているのを、男は知っていた。男は一度「ママには内緒だよ」などと言って彼女の欲しがっていた本を贈った事があったが、出過ぎた真似であったと今では反省している。

また彼女は、その利口さゆえに、必ず大人に対しては壁を作っていた。時々、男は斜向かいの公園や、一階の会議室で友人と遊んでいるのを見かけるが、砕けた口調であったり、じゃれ合いに近いスキンシップも辞さず、時にはあの年頃の少女に特有の、きゃあきゃあという黄色い鳴き声もあげている。そういった顔を男やその他の大人の前では一切見せない。普通の大人であればそれを寂しがるところであろうが、男はそこから解脱していた。その演じ分けさえ愛しく感じていた。

他にも、物を大事するとこであったり、努力家であったり、優奈の内面で愛すべきところは山ほどあった。

しかし、繰り返してきた通り男は重度の小児性愛者であるため、このように真っ当に愛してばかりではない。

彼は決して優奈に手を触れるようなことはなかったし、姑息な手を使って彼女の秘匿領域を暴こうとしたこともなかった。それは男の信条でもあったし、それでなくとも、優奈は彼にとって侵してはならない聖域であった。

だが、そんな彼にも後ろめたいことがあった。時は少し進んで、優奈が小学5年生に進級してまだ間もない頃。

気まぐれに、検索エンジンに「佐藤優奈」の名前を打ち込んでみた。誰だって一度は、好きだった女の子の名前を検索したことくらいあるだろう。それ自体特別おかしなことではない。

だがまずかったのは、それで偶然にも彼女のyoutubeチャンネルに行き着いてしまったこと。その当時アップされていた20件ほどの動画の中では顔出しはしていなかったもの、話ぶりや身なりなどから、間違いなく優奈のチャンネルであると確信することができた。

男は次の日の朝、一緒になった際にそれとなく彼女に訪ねてみた。

「最近の子って、やっぱりみんなyoutubeとかやってるの?」

「はい。私も実はやってて」

「へー。登録者数どんくらい?」

「今38とか……?」

「おー、すごいじゃん!」

やっぱり、と男は思ったが当然口には出さない。

「でも半分くらいクラスの子ですけど……」

「なるほど。でもそっちの方が安心じゃない?」

「安心?」

「ネットって怖い人いっぱいいるから、どこの誰かも分からない登録者よりは絶対そっち方がいいよ」

「そうかも……」

「顔出しとかも絶対しちゃダメだよ。って、学校とかでも散々言われてるか」

「顔とか住所とかは絶対出さないようにしてます」

「さすが。」

それでも、彼女は実名で動画を投稿している。しかし、それ以上は説教くさくなってしまうような気がしてやはり口には出せなかった。

それからというもの、1週間に2、3本ほど投稿される優奈の動画を見るのが男の趣味の一つになった。動画の内容は文具やグッズなどの自身の所持品の紹介であったり、落書き帳に推しの絵を描くというものであったりと、刺激には欠けるがしかし朝の会話だけでは知ることのできない彼女の趣味趣向の部分を覗けるような気がして、彼は一つも欠かすことなく試聴した。何より、いつでも優奈の声が聞けるのが嬉しかった。少しハスキーで落ち着きのある声もまた、彼女を完全無欠な芸術品たらしめる要素の一つだった。

しかし、ある日から風向きが変わる。きっかけは、優奈の動画に付いた一件のコメントであった。

『足をカメラの方に向けて、靴下を足だけで脱げるかチャレンジしてみてください!』

優奈は、何も疑わずにこれを採用してしまった。きっと彼女が大事に履き続けている、薄汚れた水色のくるぶしソックス。幼気な少女にとっては単なる即席の遊戯にすぎない。しかし、ある男たちにとってはそれは刺激的な天然のストリップであった。

男は憤った。少女の無知を利用する狡猾さと卑劣さに。どこの誰かも知らぬ男たちに優奈を3.8万回も「使われて」しまったことに。そして、そんな愚か者たちと自分が何も違わなかったということが、何よりも耐えがたい気づきだった。

優奈はそれからも、同年代を騙る狡猾な男たちに踊らされて、色々なことをした(流石に「パンツを見せて」などと言った指示には従わなかったが)。決して、彼女の頭が悪いわけではなかった。しかし、このくらいの年頃の子どもたちは皆例外なく大人の世界に対しては無知であり、また「なんで」を考えたり考えなかったりする、そんな年頃でもあった。

そんな大人たちの卑劣な工作の恩恵に預かり、男は優奈の足裏の小さなほくろの位置を覚えた。優奈の唇の形を知った。優奈の指先の美しさを意識した。優奈に囁かれる快楽を味わった。

優奈に出会った日から、男は努めて、彼女に対して劣情を抱かないようにしていた。しかし、youtubeというパンドラの箱を開けてしまったことによって、その掟はいともたやすく破綻してしまったのである。朝、等身大の優奈の純粋な笑顔の挨拶に深い罪悪感を覚えながら、夜は彼女の動画で射精、この繰り返し。思い返せば、男がポータブル縮小機に執着し始めたのもこのくらいの時期のことだった……。

理由は判然としないが、優奈はそれから3ヶ月も経った頃に、アカウントを削除して、動画投稿をやめてしまった。しかしその時にはもう既に、もともとの優奈の愛し方を思い出せなくなっていた。

動画の供給が止まってからの男は、優奈という飼い主にお預けを食らった犬だった。そして、その状態が長引けば長引くほど、欲望は勢力を増していく。

膨れ上がった男の情欲は、もはや優奈という脆く小さな器では受け止めきれず、壊れてしまうのは明白だった。だが、男自身が小さくなれば。

縮小フェチは2種類に大分することができた。一つは、幼い頃の原体験によってフェティシズムの木の幹が屈折し、ついに方向修正できないまま伸び広がり続けてしまったケース。もう一つは、あるものへの性的憧憬が究極の形として発現したケース。

男は後者であった。男の優奈への情はもはや自身の縮小でしか報われない。縮小フェチに目覚めるより仕方がなかったのである。

男は夢見た。全ての情欲を解放しても、少女の指ひとつで撃退されてしまうような弱い自分を。

男は夢見た。

真実として自分の全てであると錯覚してしまうほどの巨人と化した、優奈に見下ろされるスペクタクルを。

そして、男の夢は、ついにここに実現する。