8.生活
畑を耕す。
犯罪を重ねる。
ケーキを均等に分ける。
規則を守る。
ペットを飼う。
宿題として出されていた漢字ドリルの問題を解く。答え合わせをして、間違えていた漢字は、ノートに10回書かなければならない。
(犯罪犯罪犯罪犯罪犯罪、犯罪犯罪犯罪犯罪、犯罪……っと。)
消しゴムのカスは手で払い、摩耗した鉛筆は電動削り機に突っ込む。ウィンウィンウィンウィンガリガリガリガリ。その作業にはちょっとした快感がある。1年の頃から愛用している電動鉛筆削り。1本目、2本目、3本目……。ちっちゃくなった鉛筆は、少し削りにくい。
(これもそろそろかな……)
そうなったら、補助のキャップに入れて使う。それでも誤魔化し切れないくらいにちっちゃくなってしまったら、残念ながらもうゴミ箱に捨てるしかない。
先の尖った鉛筆を6本筆箱にセット。時間割は揃えた。帰ってきたママに連絡帳のハンコももらった。お風呂も入った。
いつもなら、好きなことをして後は寝るだけ。でも、今日はもう一つやることがある。
噂をすれば……ではないけれど、ちょうどいいタイミングで、妹の心菜が部屋に入ってきた。目覚まし時計の針は9時10分を示している。小さい子はもう寝る時間。わたしは今日は見たいドラマがあるから、11時まで起きているけど。
「ここちゃん、空の虫かごって持ってるー?」
「うん。」
「ちょっとかしてくれない?」
「いいよ〜」
お願いすると、心菜はぺたぺたと玄関の方に走って行った。わたしはその後を歩いてついていく。夏が終わって、足の裏が少し冷たい。明日からはスリッパを履いてもいいかもしれない。
心菜は虫かごを、玄関の靴箱から取り出していた。
「はいこれ」
「おー!ありがと〜ここちゃん」
少し、靴箱特有の埃っぽいような炭っぽいようなにおいがする。大丈夫かな。
「ねぇね、虫捕まえるの?」
「うーん、まーそんなとこ?」
「えーどんな虫―?」
「だーめ、教えなーい」
「教えてくれなきゃ貸さないもーん」
「えー貸してよー!」
「やだー」
困った。本当のことを教えるわけにもいかないし……。
「しょーがないなーもー……うーんと……あのね、おねーちゃん学校の授業で、蟻を観察しなきゃいけなくなったの。」
「あり?」
「そ、アリンコ。」
「なーんだ、つまんない……」
「貸してくれる?お願い!ないとおねーちゃん怒られちゃうの!」
「ねぇねおこられちゃう……?」
「うん」
「じゃー貸すっ」
「ありがと!マジたすかる!」
咄嗟に考えた言い訳にしてはよくできていたと思う。素直な心菜を騙すような格好になってしまったのは、気が咎めるけれど。
「ねぇね、おやすみー……」
「うん、おやすみ」
2段ベッドの下の心菜がお布団に入ったのを確認すると、わたしは爪の先で、コツコツコツン、と机を3度叩いた。すると、化粧品をしまっているアクリルケースの陰から、あの人が姿を表した。
「虫かご、ありました……」
ささやき声でも聞こえるように、片方の手でメガホンを作った。遅れてイヤホンから、彼の言葉が届く。
「うん、ありがとう」
「本当に、いいんですか……」
「う、うん」
それでも、やはり気は進まなかった。でも、自分からそうして欲しいと言ってきたのだから、別に気にする必要はないのだと、自分に言い聞かせて、わたしは彼を摘み上げた。
変な気分。人間を……それも大人の人を、お菓子の粒を口に運ぶ時みたいに、指で摘んでいる。少しでも力加減を間違えたら潰してしまいそうで、神経を使わされる。でもこれなら確かに、この人の頼みは何らおかしいことではないのかもしれない。安全のため、自分の身を守るためだと、彼は繰り返し主張していた。そしてわたしはそれに従って————そのまま彼を、虫かごの中に入れてあげた。
「それじゃあ、出して欲しい時は、この隅っこのところで待っててください」
わたしはそう言うと、蓋を閉め、心菜に見つけられないように2段ベッドの上に置いた。ちらりと中を覗くと、またさっきのように、ボウフラの動きで悶えていた。やっぱり心配になる動き。でも後で本人に尋ねたら、別に痛かったり苦しかったりしたわけじゃないから、気にしないで欲しいと言っていたので、わたしは放っておいて、ドラマを見に居間に向かっていった。


