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1話

1.前夜

その夜、男は数ヶ月ぶりに射精に至った。

このところ仕事の疲れが溜まり手が回らなかったということに加え、こだわりばかり強い彼を満足させるような供給が無かった。

ところへ今宵、彼が最も崇拝する創作家(書、描合わせて4人ほどいる)のうちの1人が、およそ1年ぶりにWEB小説を更新したのであった。

単に優れた作品の条件を満たしていたという話ではない。彼にとって、これまでに触れてきたどんな物語よりも身近であった。男は、作品の主人公に自分を重ねたのと同じように、ヒロイン(官能小説でもヒロインというのだろうか)にも或る女を重ねていた。ヒロインの言葉はその女の言葉であり、ヒロインの身なりはその女の身なりであり、ヒロインの生活はその女の生活であり、ヒロインの発するにおいは、その女のにおいだった。

小説の内容は、身も蓋もない要約をすれば、ヒロインが物理的に矮小化した主人公を虐め倒す、といったものであった。

ジャムトーストに市販の野菜ジュースという簡易的な朝食を済ませ、今日も面白くもない8時間の日課をこなしに向かう。

男の住む部屋は、駅から徒歩15分程の場所に立地する賃貸マンションの4階の一室。外出の際はいつも廊下の突き当たりにあるエレベーターを利用していた。

この時もまた慣れた手つきで、「1」のボタンを押してから扉を閉じようとしていたが、隙間からこちらに向かってかけてくる者がいることに気づいて、すぐに操作を改めた。

「ありがとうございまーす……」

ゆっくりと閉じていく扉を背に、少しきまりが悪そうに彼女は言う。恥じらうくらいなら初めから走らなければいいのに、と思うが、そういつも器用に立ち回ることのできない年頃なのだろうと納得する。

「今日から学校?」

「はい」

彼女の背負っている物を見ればすぐに分かったため、間を持たせる浅い会話にすぎない。しかし、言葉を交わす必要もないほど、男と少女は縁遠いわけでもなかった。

「夏休みどっか行ったの?」

「那須行きました」

「へー、いいね。楽しかった?」

「はい」

少女は男に口数少なく返事していた。彼女は特段無愛想なわけではないし、どちらかといえば愛嬌よく振る舞う方ではあった。ただ、大人と子供の会話とは得てしてそうなるものである。男の方もそれをよく心得ていたし、少しまだ眠気が残っているようにも見受けられた。

「いってらっしゃい」

最寄駅は、少女の通う小学校と逆方向にあるため、男は玄関先で彼女を見送った。少女はそれに対して、控えめに会釈をして通学路を歩いていった。

男の目線は、その後もしばらく少女の背に向けられていた。

彼女が水色のパーカーに衣替えをしていたことも、夏休みの間肩の近くまで髪を伸ばしていたことも、この時初めて知った。

男は少女のことをもうずっと直視できないでいた。それは大抵の男性が、女性を直視できない理由と同じ理由だった。

隣の部屋に住む少女は名を佐藤優奈ゆうなと言い、7月に誕生日を迎えた小学校5年生であった。