「うん……うん……はーい。じゃねー、また明日―。……」
電話が切れたのを確認し、組んでいた足を解く。
(あ、やば……、)
その時になってようやく、机の上に待たせていた男のことを思い出した。
優奈は第一に、男を足の下敷きにしまっていないかを心配したが、どけた足の向こうに五体満足の男の姿が見え、胸を撫で下ろす。
しかし、行儀の悪いところを見せてしまったことに、彼女はばつの悪さを感じていた。
「す、すみません。つい話に夢中になっちゃって……」
優奈は、歳のわりに慇懃な子どもである。だから自分のしたことは、詫びるべき非礼であったと疑わなかった。ぱちゃぱちゃと飛沫を上げるようだった彼女の声も、静謐な湖面に戻る。
「——さん?大丈夫ですか?」
反応がないのを妙に思い、優奈は男を注視した。すると優奈の目には、男の体が何やら、ボウフラのようにピクピクと痙攣しているように見えた。
事実。アカシックレコードの1行に記録される揺るぎない客観的な事実は、「優奈が男の自慰を見た」である。
だが、事実は一つであっても、真実は人によって異なるものである。
「どこか痛いんですか?」
その人は苦しんでいた。だから、わたしは心配になって呼びかけた。
優奈が、僕の自慰行為を観察していた。
それでも、僕はやめられなかった。見られたら終わりなのに。こんなもの、彼女に見せてはいけないのに。
優奈が眉をひそめた。
キモ。クズ。ロリコン。
そんな罵倒を覚悟した。なのに。
「大丈夫ですか?」
優奈、キミは。
「どこか、痛いんですか?」
どうしようもなく大人で、どうしようもなく幼くて。
子どもの純粋さにつけ込むような、卑劣な人間にはなりたくなかった。
けれど僕は、キミの臭いを知って。キミに無様な姿を観察される背徳感を味わって。キミが純粋でいる限り、きっと同じことを繰り返す。もっと卑劣な行為に走る。あいつらと同じように。


