人間を。
それも、見知った大人の人を食べるなんて、当然、わたしにとっては、未知の体験だったわけで。
けれどやってみれば、たいしたことはなくて、なんだか拍子抜けだった。
お米の粒をねぶるのと、それに、いったい何の違いがあったのか、わたしには分からない。
何か刺激みたいなものがあったとすれば、むしろ、その後の方だった。
ぺ。 つまらなくなって、口の中のものを吐き出した。
……また洗面所に行って、洗ってあげなきゃダメだよね。面倒に思いながら、手の上に吐き出した、あの人を見た時のこと。
(……え……?)
————なに、これ。わたしは、言葉を失った。
あの人は、わたしの唾液まみれだった。口の中で舐めていたのだから、当たり前の話ではあるのだけれど。文字だけでは言い表せないくらいに、それはわたしにとって、衝撃的な光景だったのだ。
つぷつぷと、にぶい泡を立てる唾液。わたしの口から流れた、きたないもの。
その中に、糸くずのようにくたびれた、かつては人だったはずのものが含まれている。クリームシチューに溶けたにんじんか、あるいは、吐瀉物の中の、消化し損なった食べ物の残骸みたいに。
うまく、言えないけど。
廊下は走っちゃいけないとか、宿題をやらなくちゃいけないとか、プリントは親に渡さなきゃいけないとか。
ルールで整備された世界と、その中で生きる自分の裏側にあるものを、そこに見てしまったような気がして。
わたしは、手を洗いにいくのもわすれて、ベッドの上で、その姿を眺めていた。股の下でじんじんと疼く感情をどう扱えばいいのか、この時のわたしには、まだ、分からなかった。


