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4話(終)

2.ネグレクト

再び目が覚めた時も、男はやはり暗闇の中にいた。 

だが、今は押し潰されるような圧迫感も、密封されたような息苦しさもない。舌を出してみたって、冷え切った虚空の味を知るのみだった。 

ここが地獄なのだろうか。それにしては、木材やすすのような、鼻にざらつく、それでいてどこか懐かしいような香りがする。 

それに、体の節々に痛みが残っている。優奈の足跡が、残っている。 

もし生前の痛みが引き継がれる決まりなら、地獄には8月のアブラゼミの声ように斬首刑にあった罪人の断末魔が響き渡ることだろう。 

どうやら自分はまだ生きているらしい。男はそう結論づけて、暗闇の中を探り探りで歩き始める。するとすぐに、見えない壁によって足止めを食らうことになった。 

壁を撫でてみると、それが何かプラスチックのような平坦な質であることが分かった。さらに、壁伝いに歩いたことで、男は自分が今四方を、それもさほど広くはない面積でその壁に囲まれているということを理解する。 

男は、ある一つの仮説に到達する。ここはもともと自分が住まいとしていた、あのクリップケースの中なのではないか。気絶している間に優奈が戻したのだと考えれば辻褄が合う。 

しかし、分からないのが外のことである。このケースは一体、どこに置かれているのか。それを知ろうにも、周囲は暗くてなんの視覚情報も得られないし、ケースから出歩いて探索することも叶わない。 

唯一の手掛かりといえば————ケースの外、はるか前方に浮かぶ、横一線の隙間。おそらくそこから、表の世界に通じているのだろう。だが男の立つ位置からでは、細い隙間の向こうの景色など窺い知れないし、そこから差し込む光も、もはや光とも呼べないほどに弱く微量なものだった。 

 

何もないか、と。諦めて腰を下ろそうとした時、異変は起きた。 

 

「……!?」 

 

訳もわからぬまま、男はその場に崩れ落ちていた。例えば列車の中、急発車と急停車が1秒足らずの間で行われたら、誰だってそうなるだろう。そういうことが、もっと大きな振れ幅で、今実際に起こったのである。 

そして、異変はそれだけはなかった。 

 

(眩しい——?) 

 

バケツをひっくり返したような光に、目を覆った。 

そして、再び目を見開いた瞬間、男は全てを知ることになる。 

自分がどこに置かれていたのか。なぜ自分が転んだのか。なぜ光は突如として差し込んだのか。 

 

巨大な手が、ぬっと姿を現した。 

そして、目の前でスティックのりを掻っ攫うと、男をその奥に残したまま、世界は————引き出しは再び闇に閉ざされた。