10.わすれもの
かんっ。かんっ。
夜の住宅地に、拍子木を打つ音が軽快に響く。
失われつつある文化、「火の用心」の夜回り活動。ここ千代沢町では、定年後の老人を中心としたボランティアの人員によって、今でも毎晩そんな活動が行われている。
……とはいえ、参加する誰もがその活動に効果があるとは考えておらず、結局は暇を持て余したら老人が交流の機会を求めて集まっているだけにすぎない。
しかし、無駄口を叩き合いながら時折思い出したように拍子木を叩くだけの彼らも、一応は仕事に立ち帰ることもある。
例えば————静かなはずの住宅地に、何者かの叫び声が聞こえた時。
なんだろう、と老人たちは顔を見合わせる。そして、声のした場所へと早足に向かっていく。
こういったことは初めてではない。だが大抵は酔っ払い同士の喧嘩で、その仲裁に入らされる羽目になる。若い、それもまだ子どもと思われる女の叫びを聞くことなど、滅多になかった。
半ば野次馬気分で駆けつけた老人たちの目に映ったのは、公園の中心にぽつねんと佇む、1人の少女の後ろ姿だった。
「きみぃ、どうしたの、なんかあったのかい」
先頭を歩いていた老人の、入口からの呼びかけに、少女は振り向いた。
中学生か、小学校高学年か、そのくらいの年頃に見えた。
「なんでもないんです、ごめんなさいっ」
年相応に明るい声が、入り口まで届く。
肩にかかった髪の毛と、その語尾が、溌剌と跳ねていた。
「そうかい。もう遅いから、気をつけて帰りなさい」
「はい、ありがとうございますっ」
少女は恭しくこうべを垂れた。
それを認めると、老人たちは再び、夜回り活動に戻っていた。
暇を持て余した老人たちにとっては、こうしたハプニングは格好の話の種である。
「何も無さそうでよかったよ」
「ねえー。それに感じのいい子だったじゃない。礼儀正しくて。うちの娘なんてあのくらいの歳には生意気盛りだったんだから」
「それにしても、こんな時間にあんな所で何をしてたんだろうねえ。ずいぶん楽しそうな様子だったが」
話題は少女を起点として、孫の学校行事、それから彼ら自身の子ども時代の思い出話へと、足早に移り変わっていく。
かんっ。かんっ。
千代沢町の夜は、思い出したような拍子木の音を響かせて、今日も更けていく。
最前見送った少女の靴の中に、1匹の小人が閉じ込められていたことなど、誰も、知る由もなかった。
(終)


