帰りの時間には、朝積もっていた雪はすでにほとんど溶けていた。道の端を見れば、かき分けられた雪がまだかろうじて残っていたけれど、それも泥や枯れ葉で茶色く濁っていて、あまり触ったりする気にはなれなかった。
薄暗くて、タバコの匂いが染み付いた、マンションの入り口をくぐる。ポストの中身を確認してから、エレベーターのボタンを押す。
4階の廊下に出ると、西から差す穏やかな夕日が、わたしを出迎える。どこかから、ざっ、ざっ、とわら箒を走らせる音や、奥様方が立ち話をしている声が聞こえてくる。廊下の外に目をやれば、道路を挟んだ向かいのマンションの住人が、ベランダに干した洗濯物を取り込んでいるのが見える。
いつもと変わらない、夕暮れ時。
けれど、どこかから……おそらく下の階から聞こえてくる、立ち話の内容に、廊下を進んでいたわたしの足が止まる。
————そういえば、おととい刑事さんが訪ねてきたんだけど……
————あぁ、それ、私のとこにも来た。あれでしょう?406号室の人の……
————そうそう。例の縮小機と同じ型のがその部屋から大量に見つかったとか言って、その人のことで何か知ってることはないかって……
————なんか、不気味よねえ。
————ねえー。私、その人のことあまり知らなかったんだけど、奥さんどう?
————何回かお会いしたことあるけど、もともと何考えてるかよく分からなくて不気味な人って感じだったわよぉ。だから私……
(………。)
奥様たちの話す、警察の聞き込み調査は、わたしの所にも来ていた。
けれど、それついてはどうでもよかった。その時は、たまたま家にいたお母さんが対応してくれたし、わたしや心菜に話が及ぶこともなかった。……わたしはともかく、心菜が口を滑らせる可能性は大いにあったから、その時は気が気じゃなかったけど。
気にかかったのはむしろ、奥様たちが口にした、あの人の印象の方だった。
確かにわたしにだって、あの人の考えることは全くもって理解できないし、彼を拾ってから数ヶ月間、気味が悪いと感じたことも、一度や二度ではない。
でも、それはあの人が小さくなった後の話で……まだ人間の大きさであった頃には、少なくともわたしは、そんな印象を受けたことがなかった。
いつも笑顔で挨拶を返してくれて。エレベーターで一緒になった時は、わたしの話を楽しそうに聞いてくれて。……引っ越してきて、苗字が変わって、辛かった時期は、何かと気にかけてくれて。
わたしが、鈍感だっただけで、もとから不審なところはあったのだろうか。あるいは、全て、わたしを騙すための演技だったのだろうか。
それとも————わたしの前でだけは、優しい大人でいられた、ということなのだろうか。
心から、笑えていたのだろうか。
……今となっては、もう、何だっていいことなのだけど。


