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4話(終)

今は、何日目だろう。

いい加減暗闇にも目が慣れて、身周りの状況くらいならばある程度は把握できるようになっていた。

エサとして与えられたゼリーは、最初の頃の半分くらいまで減っていた。だが本音は、もう見るのも嫌なくらいだった。何日も置かれているせいでぬるく、べたついてきていたし、そうでなくとも同じ味を毎食毎食食べさせられれば飽きもするだろう。

それに、最近は引き出しにも動きがない。

途方もない虚無の中にあった。

1時間が5時間の長さに感じるというのも過言ではない。

男はアクリルの壁に背を預けて、いつものようにぼんやりと、暗闇の虚空を眺めるともなく眺めていた。そうしているより仕方がなかった。

 

するとその時。

 

「……!」 

 

引き出しが開き、光が差し込む。 

優奈の右手がぬっと現れる。男は立ち上がって、前面のアクリル壁に鼻先を擦り付けるように注視する。 

光の中を、優奈の手がゆらりと舞う。その姿を見るだけで、心が洗われていくような気分になる。 

自覚はなかったが、男にとって優奈はもはや、恋慕ではなく、信仰の対象に変わりかけていた。それは単に想いの強度が増したという話ではない。 

おそらくは太古の文明人が太陽を崇拝したのと同じ理由で、男は優奈の「手」を崇めていた。加えて————パーソナリティの表象たる「顔」を拝むことのできない構造になっていたことも、本来は現実をひたむきに生きる平凡な小学5年生の児童を、より超越的な存在へと昇華させていた。 

 

男はその超越的存在の手に、恍惚として見入っていた。いつもは引き出しの手前の私物を持ち去っていくだけだが、今回はもう少し近くで見ることができそうだった。 

迫る優奈の手。何かを掴もうとする前の脱力した「柔」の手つき。頭を垂れた指の一本一本のひたいには、真珠のように美しい爪が青白く光っている。それは対極の「硬」の性質を持つものだった。女性の、とりわけ少女の手は、必ずこの両義性を孕んでいる。そこに男は強く魅力される。 

加えて、手の動きというのは、人間の意思の最小単位とも言えるもので、この身に堕ちてからというもの、か弱い少女の最も小さな意思に、幾度も翻弄されてきた。 

くすぐる程度の力で殴打され、米粒を摘む程度の力で抗いようもなく締め付けられて。 

人間の指を介してこそ、男は最も、自らの小ささを感じることができた。 

そう、今だって。ここへ来てからというもの、遠巻きに、他人事のように眺めることしかできなかった優奈の手が、次第に大きくなって、周りの景色を飲み込んでいき、 

いつしか、薄赤い手のひらに視界が埋め尽くされて————。 

 

(え、あ、近————)