ロリコン。
出るはずのない言葉が、優奈の口から飛び出すのを、男は確かに聞いた。
その方面に無知で無自覚だったはずの彼女が口にすると、どこか非現実的な響きを伴った。
——うわ、ほんとに食べてるし……。
男の傍らに落ちたゼリーを一瞥して、優奈が吐き捨てるように呟いた。男には、その意味を理解できるだけのゆとりもなかった。
男は、こういった詰問をされたときに、臆面も無く嘘をつけるほど肝の据わった人間ではなかった。第一にすることと言えば、もっともらしい言い訳や、論点のそらし先を探すことだった。
しかし、どんな言い訳を述べようにも、優奈の耳に届くことはないのだろう。
なぜといえば————ぼくとのコミュニケーションに用いていたはずのイヤホンが、今この時、彼女の耳には装着されていなかったのである。
意図してか、そうでないのか。男は彼女の質問に対して「はい」か「いいえ」で答えることしか許されていなかった。
以前、2人の間で取り決めていたサインがあった。「はい」ならジャンプ。「いいえ」ならしゃがむ。その頃は、言葉が無くとも彼女と通じ合えることが嬉しかった。今はこんなにも、言葉が欲しいというのに。
男は、震える膝を折り曲げていく。あまりの重圧に、顔を上げることもできない。
たが、今この間も優奈は見ている。少しでも不審な挙動を目にすれば、彼女が胸の内に抱える疑惑の種が発芽し、たちまちのうちに蔓を伸ばしていくことだろう。
もはや、この人生最大とも言える嘘を、突き通す他は無かった。
しゃがみきって、数秒の間、重い沈黙が流れる。今、優奈が何を考えているのか、知るのが怖くて、顔を上げることさえままならない。
「……わかりました。立っていいですよ」
優奈の声が聞こえた。
戸惑いながら、男はそれに従う。
もちろん、こんなことで疑惑が晴れたとは思えるはずもない。
しかし彼女の立場なら、尋問の方法などいくらでもあったはずだ。あとひと押しでもされていたら、ボロを出さずに乗り切れる自信はなかった。だというのに、妙にあっさりと引き下がられて、拍子抜けした気分だった。
そして間も無く、男はその理由を知ることになる。
「じゃあ、えっと————これに、見覚えはないですか?」
ことん。
優奈の手によって置かれたそれは、何かの機械のようだった。
箱型の形状で、一切の装飾を排した漆黒の表面が冷たい光沢を放っている。その中心には、魔獣の単眼のように無感情に見つめる、レンズのようなものが備わっていて————。
どくん。
(な、んで。それを、君が……)
川面に浮かぶ落ち葉のような激動の生活の中で、いつしか頭から抜け落ちていた、その存在。
だが、思い出せないはずがなかった。
すべての始まりにして、すべての証拠であるそれが。
あの日、男を1/100の世界に導いた、S社の縮小機が————今こうして再び、男のもとに戻ってきた。


