優奈の手が止まる。
ぼくの時間も止まる。
(え……?)
馬鹿な。今、なんて。
前触れもなく、優奈の口から告げられた、耳を疑うような事実。
ぼくは当然のように、今のこの蟻に等しいサイズが、縮小の限界だと思い込んでいた。
けれど優奈は言う。そんな今のぼくでさえも、縮小機のレンズは捕らえていると。
考えたこともなかった。
今ぼくが見ている、1/100の世界。そこからさらに1/100————つまり、1/10000の世界に堕ちる可能性なんて。
どくん、どくん、どくん————。
鼓動のギアが上がっていく。
初の縮小時の、高揚を伴った動機ではない。
純然たる、動揺によるものだった。
もし、本当に1/10000などという馬鹿げたサイズに成り果ててしまったら。
想像する。優奈の人差し指の指紋という、出口のない迷宮の中を彷徨い歩くぼくを。
確かにそこでは、今以上に優奈と名を授かった肉体を強く感覚することができるかもしれない。優奈の指先の温度のほんの1℃の上昇を、皮膚の下に透ける肉の変色を、足元から滲み出す汗を、さながら温泉街の硫黄のように立ち込めるそのにおいを、リアルタイムで感じることができるのかもしれない。
けれど、所詮それだけだ。
優奈に干渉することだって、優奈の感情の発露を観測することだって、
優奈と日常を共有することだって、2度とできはしない。
それは、優奈を優奈であると感じられなくなるのと同義で————ぼくにとっては、死に等しかった。
そして、気づく。
そんな、親指ひとつでぼくの世界に終末をもたらすスイッチを————今、優奈が握っているということに。
ぼくは、優奈のことを誰よりも理解しているつもりだった。
だから、信じている。彼女がそんな馬鹿な、非道な真似をするはずがないと。
そう思って、顔を上げると————優奈が、口元に静かな笑みを浮かべるのが、見えた。
「へえー。これ、選んだらどうなるんだろ。」


