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4話(終)

そうだ、ぼくは確かにあの時、縮小の成功に舞い上がるばかりで、証拠の隠滅のことなど微塵も考えていなかった。いやそれ以前に、小さくなってから優奈に拾われるまでの間に、縮小機を目にした記憶がない。

おそらく、縮小の最中にぼくの手を離れ、足元に落ちていたはずだ。縮小が進むにつれてぼくの意識は希薄になっていったが、そういえば何か、カシャンという衝撃音が聞こえたのをうっすらと覚えている。それからすぐ、ぼくの抜け殻と化したスーツやスラックスによって、持ち主もろとも覆い隠されてしまったのだろう。

つまるところ、縮小機を蟻の視点から見上げるのは、これが初めてだった。 ぼくの片手に収まっていたはずのそれが、今では一軒家以上の大きさとなってぼくの前に立ちはだかる。もはや自分の小ささに対する驚きもないが、それでも、かつての所有物を前にすると、格別応えるものがあった。そしてそれはどういうわけか————今、優奈の手に渡っている。

「あぁこれ、——さんのスーツを片付けた時に見つけたんです。」 

 

ぼくの心を読んだみたいに、優奈が言った。 

思い返せば、縮小初日、ぼくは確かにその事後処理を優奈に任せていた。そこであの縮小機を拾っていたとしても、何ら不自然な話ではない。 

ただ、それなら。 

なぜそのことを優奈は、今までぼくに報告しなかった? 

そして————なぜ、今になってぼくにそれを見せてきた? 

 

 

「見覚え、ないですか?」 

 

 

優奈は、この縮小機と、ぼくの現状の関連を疑っている。 

いや、おそらくほとんど、確信に近いところまで来ているのだろう。 

 

ぼくはいよいよ追い詰められる。 

崖際でナイフを突きつけられたように。 

 

裁く人。裁かれる人。 

純粋な子ども。穢れた大人。 

ヒトと、蟻。 

 

今のぼくと優奈の間には、1.7と145という算数上の差以上のものが開いていて、彼女自身もまたいよいよそれを自覚し始めているように見えた。 

それだけに、ぼくを追い詰めるのに余念がなかった。 

 

 

「——さん?」 

 

 

優奈からの重圧に押し潰されそうになる。 

洗いざらい吐いてしまって、楽になりたいという気持ちもどこかにあった。 

けれど客観視すると、ぼくの犯した行為はあまりに人の道を外れすぎていた。 

中年男性が、隣に住む家庭の、小学5年生の娘に飼育されたいがために、自ら人生も、社会的責任も放棄して小さくなったということ。 

それを知った当の娘は、何を思うだろうか。 

ぼくが彼女の立場なら————2度と視界に入れることすらしたくないだろうと思う。 

その恐怖は、優奈の喪失の恐怖ばかりは。巨人の重圧すらも凌駕するものだった。 

 

 

「……そうですか。」 

 

 

優奈が、ため息まじりに呟く。 

ぼくの選んだ答えは、言うまでもなく「いいえ」だった。 

 

優奈の手が、ぼくのいる方に伸びてくる。 

思わず目を覆う。その手に拘束され、さらなる尋問を加えられるものだと疑わなかったから。 

けれど、予想していた力が、ぼくの体にかかることはなかった。 

ただ————おそるおそる目を開けると、傍に置かれていたはずのあの縮小機が、かわりに姿を消していた。 

 

ピピピっ。 

 

その時。頭上から響いたのは、場違いな、けれど聞き覚えのある電子音だった。 

 

「……あ、これがスイッチなんだ。へえー」 

 

胸がざわつく。 

見上げた先、彼女の手の中の縮小機に、緑のランプが灯っている。 

起動状態を示すサインが、灯っている。 

 

「あ。すみませんわたし、1回使ってみたくって。うちでは、高くて買ってもらえないから……」 

 

ぼくの目線に気づいてか、優奈はそう言った。どこかきまりの悪そうな笑いを、その顔に浮かべながら。 

でも分からない。なんで君が、そんなことを言い出すのか。 

君は分かっているはずだ。それがただの縮小機ではないということを。一度試してみたいとか、そんな軽々しい気持ちで触っていいものではないということを、分別のある君ならば、理解しているはずなのに。 

 

「わあ、こんな感じなんだー。縮小できるものが検知されて、えーっと、机に、ペン立てに……あれ?」 

 

ぼくの抱える違和感を他所に、優奈はその危険物を、まるで遊ぶように操作していき、そして。 

 

 

「——さんも、対象になってる……?」