「はあっ、はあっ……!」
何が起きたのかも理解できぬまま、局部の燃え上がるような痛みに、男はうめき声をあげてのたうち回っていた。
延々と、左右に揺れ続ける夜空。
その夜空から、男の胸部をめがけて、隕石が落ちた。
22.5センチの、薄汚れた、小さな隕石。
……それはあるとき、男の家でもあったものだ。
隕石の下敷きとなり、のたうち回ることもできなくなった男は、痛みに歯を食いしばりながら、顔を上げる。
優奈が、見下ろしていた。
月明かりに照らされて。
肩まで下ろした髪を、夜風に泳がせて。
汚れた口元を、手の甲で拭って。
呼吸を荒げて。
苦虫を噛み潰したような顔つきで。
左足で、大人を足蹴にしながら。
「………ッ、このっ、最ッッ低…………!!」
そう吐き捨てた彼女は、世界のどんなものよりも美しかった。
男が物も言わず見惚れていると、優奈は、スウェットのパンツの右ポケットをまさぐり始めた。
スマホを取り出して、このまま、110番に通報するつもりなのだろう。
……強制わいせつ罪。それも児童相手となれば、どれほどの刑になるのだろう。
所詮は、子どもの体重。優奈の左足を押し除けて逃げ出すことも、彼にはできたはずだった。けれどそんな意志も、もう、残っていなかった。
何者もなれぬままずるずると生き延びるくらいならば、優奈の純潔を犯した性犯罪者として裁かれる方がいくらかマシだというのが、彼のたどり着いた結論だった。
全てを終わらせる覚悟は、もう、できていたのだ。
それなのに。
優奈がポケットから取り出したのは、スマートフォンなどではなかった。
男に向かって突きつけられた、彼女の右手の位置。
暗闇の中、チカチカと点滅する、一点の紅い閃光。
ピッ、ピッ、ピッ。
————まぎれもなくそれは、彼女に預けたままだった、あの縮小機だった。
(ああ、優奈————)
自ら小さくなって、優奈に拾われて。飼われて。
等身大の優奈の唇を奪って。
夢を全て叶えたつもりでいたけれど、魚の小骨のように、ある時からずっと心に引っかかっていたことがあった。その正体はずっと分からなかったけれど、今、ようやく分かった気がする。
本当は、彼女の手で縮めて欲しかったのだ。
(————素敵だ。)
大人で、聡明で、優しくて、素直で、明るくて、常識があって、普通で、子どもで。
そんな彼女が、自らの選択で1人の人間を虫に変えてしまう瞬間を、ずっと、見てみたかった。
今、それが叶おうとしている。
優奈という作品が、完成の時を迎ようとしている。
————完成?いや、違う。
優奈はどこまでも未完成で、誰よりも揺らいでいて。だからこそ自分は、こんなにも惹かれている。
ああ優奈。
12歳にして、人間を虫に変える力を得てしまった君は、一体これからの人生で、その力とどう向き合っていくのだろう。
少女の中で、一つの新たな可能性が花開く瞬間に立ち会えたこと。その喜びに、男は満たされていた。
————ピーーー………。
のしかかる体重が、いや増していく。
すり減った靴底が、全身を、覆い尽くしていく。
————静かな気持ちで、男は、目を閉じた。
ところで。
おにぎりを渡すために来たはずの優奈が、どうしてあんなものを、懐に忍ばせていたのか。
あんなものを持ち出してまで、なぜ今さら、自分に会いにきたのか。
最後まで、彼には分からなかった。


