7.居残り
「ふっ……ん、ぐっ、」
音のない教室に、ポリエチレンの袋がくしゃりと擦れる音がする。
縁に乗り上がると、男の体はそのまま、力なく床に落ちた。
長時間の奮闘の末に、ゴミ箱からの脱出を果たした男は、しばらく、その場を動かずに息を整えていた。あの中では、まともな空気を吸うことさえできなかった。
息が落ち着くと、男は、遥か遠くの黒板の真上にある時計を、呆然と眺める。
西の窓から差す夕陽が、閑散とした教室をオレンジ色に染める。時計の針は、4時20分を示していた。
6時間目の授業も、帰りの会も、とうに終わっている時刻だった。
あれから、ゴミというゴミが捨てられた。
鉛筆の削りかす。チョークの粉。割れてしまったプラスチックのキャップ。髪の毛。塵まみれのきゅうり。————誰のかも分からない、鼻をかんだティッシュ。
ゴミに溺れて、ようやく顔を出せたと思ったら、また新しいゴミを被らされて。
趣味でも、仕事でも、人間関係でも、何かと報われない人生だった。
それでも、人間として、最低限度の生活を保証されていたというだけで、どれだけ幸せだったのか、思い知った。
教室には、誰も残っていない。
優奈も、もう下校してしまっているだろう。とうとう自分は、彼女に気づいてもらうことができなかった。
それでも。
男は立ち上がる。
まだ、やれることがあるはずだと、ふらついた足取りで、健気にも優奈の机のある方に向かって歩いていく。
今頃、優奈は自分がいなくなってしまったことに気づいているかもしれない。
それに、児童たちは皆帰った。予想外のアクシデントも、もう起こらない。
明日の朝、机の上で待っていれば、今度こそ必ず、優奈は気づいてくれる。
そう信じ、最後の力を振り絞って、男は再び、優奈の手提げ袋を登り出した。


