5.再会
児童たちが教室に帰ってきたのは、4時間目のチャイムが鳴ってから、3分ほど経った頃だった。
壁際で身を縮めていた男の前を、巨人の大群が通り過ぎる。一歩を踏み出せば、生死の境を彷徨う暇すら与えられず、あの世に送られてしまうように思えた。踏切の内側に立ち入るのに等しい自殺行為だった。
そして————ほんの一瞬だが、優奈が履いていたのと同じ靴下が見えたような気がした。
その時ばかりは、踏切を超えていきたい衝動と戦っていた。
給食の時間。男はついに、優奈がいるはずの5年2組の教室の中へ入ることに成功した。
配膳やら何やらで児童たちの移動もあり、今は動き出すのにはリスクがあった。
慌てることはない。あとは時間をかけてでも、優奈を見つければいいだけだ。そう自分に言い聞かせ、はやる気持ちを押さえつける。
ちょうど、男が通った後ろ側の入り口からほど近いところに、児童30余人分の牛乳を詰めこんだ、青色のプラスチックコンテナが置かれていた。今はその陰に隠れながら、配膳を終えて通り過ぎていく児童の中に、優奈の姿を探した。
1人、また1人と通り過ぎていく。地道な張り込みの間、放送委員の児童が、今日の給食の献立を読み上げていた。
さつまいもごはんと、さんまの塩焼きと、きゅうりの酢の物と、豚汁。給食のにおいが、男の空腹を煽る。ぐぅー……。
もし万が一、給食の時間中に見つけてくれたら。優奈は僕の空腹に気づいて、給食を分け与えてくれるのかな。
お盆の上、並んだ皿の内側に隠して、さんまの身を小さくちぎって、器用にお箸の先で食べさせてくれるのかな。……彼女の唾で湿ったお箸で。そういうのもいいな。ああ、早く優奈に会いたいよ。優奈……。
そんな妄想を垂れ流していると、給食の列が途切れた。
え——?もう、みんな配膳を終えた?
馬鹿な、まだ優奈を見つけられていないのに。
見逃した?いや、そんなはずは。
妄想に耽っている間も、目だけはずっと、通り過ぎる児童たちの足から切らさなかった。優奈の足ならば、一目見れば分かる。
ということはつまり、優奈はこの教室にいない?優奈が5年2組に属しているというのは、記憶違いだった————?
コンテナに背を預けて、へなへなと座り込む。
——もう、おしまいだ。自分は優奈を見つけられないまま、野垂れ死ぬ運命にあるのだと悟る。
今更、他のクラスに探しにいくような気力も残っていない。けれど、この教室に優奈がいるという可能性も、既に断たれてしまった。クラス全員が並ぶはずの配膳の列に、優奈はいなかった。それが答えだ。そう、クラス全員が————。
(いや、違う)
まだ残っていた。配膳の列に並んでいない、並ぶことのできない子たち。
まさか。
男は走る。コンテナの裏側へ。
まさか。まさか、まさかっ……!
(あ、ああ…………、)
なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
コンテナの裏側。つまり、給食当番が配膳を行う場所。
そこに、探し求めていた優奈は立っていた。
授業参観に来た保護者ですら、1人の子どもの顔を、こんなにも探し求めたことがあっただろうか。
真っ白な割烹着を着た優奈。
他の子と同じ服を着ていても、一際輝いて見える。
天使が、そこにいた。
一目見ただけで、今までの苦労が全て報われたように感じられた。


