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3話

8.遭遇

PM4:40。

ちさとは、早足に廊下を歩いていた。

5年生になってから、学校生活が少し忙しい。

毎朝のブラスバンドの練習に加えて、今日はこの時間まで、飼育委員会の活動もあった。

うさぎ小屋の清掃をして、校内掲示用の観察記録も作成して。うさぎは可愛いけれど、ペットを飼うにはそういうしちめんどくさい作業もついて回るのだということを、先生方は教えようとしているのかもしれない。実際、その辺を理解しないままにペットを迎え、やがて世話を放棄してしまう無責任な飼い主なんて、この世にはごまんといる。

教室に戻ると、もう既に誰も残っていなかった。

こんな所に長居は無用。私も、荷物をまとめてさっさと帰ろう。

後ろのロッカーからランドセルを取り出し、机の引き出しに入れていた教科書群を片付けていた、その時のことだった。

視界の隅で、小さな点が動いているのに気づいた。隣の席の優奈の荷物に、何か付いていた。

普段なら、ただの虫だと疑わず、興味を失っていたと思う。でも、今朝パパから聞いた話が、この時にもまだ頭の中に残っていたから、もう少し注意深く見てみようという気になった。

まさかとは思った。

遠くから見ると、本当に虫にしか見えなかった。何も知らなかったら、なおさらだ。でも、近寄って見てみるとよく分かる。

ヒトだ。

あの話、本当だったんだ————。

事前に話には聞いていても、実際に目の当たりにすると、驚きを隠せない。

ただただ、その小ささに驚いたというのもあるけど。

ヒトの手脚ってこんなに細いんだ、頭ってこんなに小さいんだ、とか。通常のスケールとは、まるで見え方が違う。なんだか本当に、別の生き物を見ているみたいだった。

(……?)

優奈の手提げをよじ登っていたコビト。でも、さっきから、固まったように動かない。

顔はこっちに向けてくれないけど、私に見つかったことを、気配で察知したのだろうか。

もしかして、怖くて動けなくなっちゃったのかな?

試しに、爪の先でちょんと掻いてみると、簡単に剥がれ、反対の方の手のひらにぽとんと落ちた。

拍子抜けしてまった。だって、蟻ですらこうもあっさりと捕まえることはできない。

しばらくすると立ち上がって、きょろきょろと見回していたけれど、私と目が合う(たぶん)と、化け物を見たみたいに腰を抜かしていた。

なんだろう。私はこの時とても————ぞくぞくした。

「こんにちは」

にっこりと優しく挨拶をしてあげた。

口をぱくぱくさせて、何かを言っているみたいだったけど、全く聞きとれない。少なくとも、こんにちは、と言ってないことだけは確かだ。

面白くなってきて、私はまだ何か言ってる途中だったそのコビトを、指で摘んだ。

私の指の先で、身動きが取れなくなっている、元はヒトだったはずのコビト。

よく見てみると、大人の男の人。先生ではなさそう。こんなに若い用務員も、この学校にはいない。誰なんだろう。なんでこんなところにいたのかな?裸で。まあ、どうでもいいけど。

ピントの合うギリギリの距離まで近づけて、観察してみる。

子どもは見た目で判断できない。でも大人、特に男の人は、大抵の場合外見に生き方がそのまま現れる……と私は思っている。身近なところで言えば……ガタイがよくて、清潔感もそれなりにある私のパパは、ちょっとだらしないところもあるけど、一応人生経験を積んだ頼れる大人という感じだ。

この人はどうだろう。

冴えない顔つき。貧相な身体。汚らしい体毛。今まで何かに本気で取り組んできたことが無さそうな大人、という印象。歳を食うにつれて若い才能をやっかむようになり、成功者の足を引っ張ることしか考えなくなる、無能で、害悪な大人。その典型例みたいな人。

————つまるところ、1人消えたところで、社会にとって何の損失にもならないような存在。

ちさとは静かにほくそ笑むと、摘んでいた小人を、そのまま胸のポケットに落とした。

そして————ずっと欲しかったおもちゃを買ってもらった幼児のような気持ちで、帰路についた。