17.ばいばい
そのあとも、3人の女子たちは、ぼくを使って遊んだ。
右手から左手に、そしてまた左手にと、延々と渡らせたり。
コップに入れたリンゴジュースの中を泳がせたり。
蛍光灯の紐にしがみつくぼくに、息を吹きかけたり。
クッキーの上にぼくを乗せて、すれすれのところでかじって、食べるふりをして。
茶髪の子が、いたずらでちさとの背中にぼくを入れて、くすぐったがったちさとがまた、仕返しに茶髪の子の背中にぼくを入れて。それを見て、優奈が笑って。
(助けて、優奈、助けて……)
そんなディストピアから、優奈が救い出してくれる可能性を、ぼくはまだ健気に信じていた。
「今日ほんと、久々にみんなで遊べてよかったよ」
「ね。また来てよ、私もいい息抜きになったし」
「ねー、また3人で遊ぼ!それに今日は、すごいの見せてもらっちゃったし」
「あー、そうそう!小人のことだけど、他の子には絶対言わないでね?特にひー!」
「だいじょーぶだいじょーぶ、私めっちゃ口硬いから!」
帰り支度をする、優奈たちの姿が見える。
(————出して!出して!!)
ちさとが手に持つ瓶の中に戻されたぼくは、分厚いガラスの壁を殴りつけて、必死に呼びかけていた。
優奈が、ぼくを置いて帰ろうとしている。
分かっていた。
元の関係に戻れないことを承知で、優奈はぼくに指を舐めさせた。つまりその時点で、彼女にはもう、ぼくを連れ帰るつもりなんてなかったんだって。
(優奈!優奈!!ねえっ!!)
でもぼくは別に、ペットでもよかった。
他の子に飼われるくらいなら、優奈に飼われたかった。
他の子におもちゃになるくらいなら、優奈のおもちゃになりたかった。
(助けて!!出し……、)
言葉の途中で、ぼくは声を失ってしまう。
ガラス1枚隔てた向こう側から、優奈が、ぼくを見ていたから。
(……ゆ、優奈……)
ぼくは震えていた。何か言わなきゃいけないのに、もう時間がないのに、そのことを意識すればするほど、言葉が出なくなる。
優奈の顔を見た瞬間、彼女が何を言おうとしているのか、分かってしまったから。
「……ばいばい、小人さん」
ぼくに別れを告げると、優奈はきびすを返した。
(……っ!!待って、いかないで!優奈!)
優奈の背中が、後ろ髪が、遠ざかっていくのが見える。
小学校ではぐれてしまった、あの日と同じ光景。
————違うのは、面と向かってさよならを言われたこと。
(優奈っ!戻ってきて!ねえっ!優奈ぁ!!)
優奈の姿はもう見えない。外の階段を降りる足音が聞こえる。
去り行く愛しの少女を、追いかけることすら叶わず、破れるはずのない壁を、ただ狂ったように殴りつけることしかできない。
このときほど、自分の無力さに泣いたことはなかった。


