3.遭難
もちろん、迷子に付き添ってくれる親切な大人なんていないし、館内アナウンスなんてものも無かった。
そして何より、そこは、子どもにとっての百貨店なんかよりも、ずっと広い世界だった。
あれからしばらく、男はその場を動けずにいた。
蹴られた時の痛みは抜けてきている。そのはずなのに、体に力が入らない。
どこで間違えてしまったのだろう。自問することで、何か具体的な答えが浮かんでくるわけでもない。どこで、なぜ、どうして、何が、どうすれば……疑問詞だけが、曇った頭の中をぐるぐる、ぐるぐると巡っている。
はじめて、優奈に拾われたとき。今にして思えば、あの時は状況が揃いすぎていた。彼女が1人だったこと。不審に脱ぎ捨てられた衣服。隣の部屋の前。だから男は、優奈の目に止まった。
けれどここでは、優奈の意識に、干渉することすらできなかった。
つまり、優奈はもう自分を見つけてくれない?
自分はもう、優奈のところに戻れない?————一生?
(う、あ……)
吐き気が込み上げる。
優奈に会えない?それなら一体。
一体何のために、人生を捨ててまで、僕はこんな冗談みたいに小さな身になったというのか————。
(……?)
その時、初期微動のように、小さく小刻みに大地が震えはじめた。
はじめ、男自身が喪失感に震えているのかと誤認した。しかし、しだいに、そしてシームレスに大きくなっていくその揺れが、体の震えでも、ただの地震によるものでもないということに気づきはじめた。
(……!)
地震じゃないなら、なんの揺れかって?……そんなの、一つしかない————!
てかさあ、ウチ……。
……だよねー!
あっ、おはよー。
今まで閑散としていたのが嘘みたいに、浮ついたおしゃべりの声と、太鼓の重奏のような足音が、この場を満たしていく。
それらを生み出すのは、昇降口から雪崩れ込んだ、集団登校の子どもたち。
男はさしずめ、怪獣の襲撃からひとり逃げ遅れた、哀れな小市民だった。


