6.ゴミ
障害物が全て取り払われて、真っさらになった大地。
揺れる荷物に振り落とされてしばらく、痛みと徒労感で動けない状態が続いた。
だが、優奈の姿が見えないことに気づくと、やがて不安がそれらを凌駕する。
広い広い砂漠の中で、たった一つの道標を失ってしまった。そういう不安が、男をやみくもに突き動かす。
「優奈?どこ?ねえ、優奈、優奈!ゆ————」
とすん。
目の前に、巨大な上履きが降って、男の行手をいやおうなしに遮る。
朝のトラウマが蘇り、男の顔が青ざめる。
ふりだしにもどる。そんなフレーズが、絶望的な響きを伴って、頭に浮かび上がる。
小さな虫けらには、震えながら、その上履きが通り過ぎるのを待つことしかできない。しかしどういうわけか、待っていてもその上履きが動かない。
後ろに、また誰かの上履きが落ちる音が響く。
目に見える範囲がすべて影につつまれ、更に暗くなる。
とても、嫌な予感がした。
前方の上履きは、未だその場を動かずにいる。まるで、男の逃げ道を、塞いでいるかのように。
————見上げると、冷たい目をした2人のにんげんの女の子が、明らかに自分を見つめていた。
はじめて、優奈以外のにんげんに見つかった。
1人は、お下げ髪の、肌の白い女の子で。
もう1人は、ボブカットに、縁の細い丸メガネをかけた女の子。
桁違いに巨大であることを除けば、平均的な容姿に、平均的な装いの、どこにでもいるような小学5年生の女子2人。
そして、男は動物的な直感的により悟る。言葉にできずとも、分かったのだ。
その2人が、小さな虫に慈悲をかけてくれるような子達ではないということを。
逃げなければならない相手であるということを。
逃げなきゃ、なのに。
散々、干渉すらできないことを嘆いたのに。
いざ見つかると、恐怖で、金縛りにあったように動けない。声も出せない。
だれか。たすけて。
ねー見て。なんか虫いるんだけどー。
うわキモっ。さっさと捨てちゃお。
うん。
耳を疑った。
それが、彼女たちよりも20年も長い人生を歩んできた自分に対する言葉だと、信じたくなかった。
だが、聞き間違いでも何でもなかったことは、前方から迫りくる絶対的脅威を見れば、嫌でも分かることだった。
「待っ、やめ、………!————」
やっと、生存本能が働き出した。けれど、走り出してから3歩も経たずして、お下げの子の持つ箒に飲み込まれる。
おわり。ゴミの意思の介在する余地など1ミクロンもなく、悲鳴をあげる暇さえ与えられず、メガネの子の構えるちりとり方に、他のゴミと一緒くたに、淡々と掃かれていくだけ。
摩擦で全身を擦りむいても、脳震盪をおこしても。にんげんが、床のゴミに対するいたわりなんて持つ道理がなかった。


