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3話

12.プチプチ

ペット生活の中で、男はその飼い主の菅谷知里という少女のことを、少しずつ知っていった。

特筆すべきは、その秀才ぶりであった。

彼女は週に3度、学習塾に通っている。そしていつも、胸のポケットの中に入れて、男を連れて行く。

ポケットの中から聞いていると、その授業内容や、周りの児童たちのレベルの高さに驚かされる。実際、あの時ちらりと見た、テキストに印字されていた塾名には覚えがあった。男の記憶が正しければ、中学受験の最大手とも言われる進学塾だったはずである。

そして————繰り返し通わされるうちに、ちさとがその中においてもトップレベルに、いや、「レベル」などとぼかす必要もない程に優秀な児童であるということが、少しずつ明らかになっていく。4科目合計の偏差値が76.1、全受験者数5624人中26位。それが直近に受けたという合判模試の成績だった。

そんな成績を残しながらも、ちさとは決して慢心をしない。かといって無理もしない。大抵の中学受験の子どもたちのように、親に強制されて勉強をするのでもない。

計画は全て自分で立てる。朝は目覚まし代わりの100マス計算に始まり、予習・復習は欠かさず、夜は小学生新聞や科学誌などによる、時事情報のインプットに終わる。

瓶の内から、ちさとのそういう勤勉で自律的な生活を見せつけられると、生前の自身の、目的も計画も生産性もない自堕落な生活を思い出して死にたくなることがあった。

そういった心情すらも見透かしている彼女が、ふとしたときに向ける冷ややかにして正当な嘲笑は、どんな刃物よりも鋭く、男の身を抉るものであった。

そして、ちさとがただ勉学に秀でているというだけであったならば、まだいくらか良かった。だが、それに加えて彼女は、周りの子たちとの交友関係も良好だった。容姿も整っていて、保護者の方にも深く愛され、家庭は経済的にも恵まれていた。

極め付きは————11歳にして既に、ボーイフレンドがいたということだった。何の事前通達もなくちさとがその彼を部屋に連れてきた時には、思考が冷温停止しかけた。「大塚くん」とちさとに呼ばれていたその彼は、同じく11歳の少年で、普段は都内に住んでおり、1ヶ月に一度程度の頻度でちさとの部屋を訪ね、同じ学力と志を持つ者同士で勉強会を行っているらしい。知性とユーモアを兼ね備えた爽やかな少年で、男から見ても、ちさとにふさわしい相手だった。

瓶の中に拘束され、仲睦まじい様子を見せつけられる。目を背けても、耳を塞いでも、恋人同士の会話の声が聞こえて来る。別に、ちさとに恋愛感情を向けていたわけではない。それでも、今の男にとっては唯一絶対の飼い主である彼女が、1人の少年の女であるという現実を突きつけられ、情緒がぐちゃぐちゃに踏み躙られる。

まさしく、拷問に等しい時間だった。

才能。容姿。家庭。友人。恋人。

総括すれば、ちさとは男が手に入れられなかったものを、全て持っている少女だった。

あらゆる点において男よりも優れた、高次の存在だった。

そして————ちさとは、自分の生活圏を開示することで、作為的に、なしくずし的に、自分が低脳で、惨めで、無価値な存在であるという意識を、男に対して刷り込んでいく。

子どもが、緩衝材のプチプチを指で潰して遊ぶように。ひとつずつ、ひとつずつ、にんげんのそんげんを潰していく。

「ち、違う!優秀ったって所詮は小学生の中の話で……え、何、これが小学生の解く問題?うそだ、そんなはずは、だって、ぼくが、1問も……」

ぷちっ。

「で、でも、ぼくの方が大人で!きみはまだ子どもで、世間知らずで、挫折を知らないで、未来があって…………あれ、おとなとこどもって、どっちがえらいんだっけ……」

ぷちっ。

「な……なんだよ、なんだよっ!勘違いするな!きみが優秀なのは、生まれつき才能があって、環境に恵まれて、実家が太いおかげで、同じ条件ならぼくだって……おい、なんだ、やめろ、やめろ!やめて、お願いだから、そんな目でぼくを見ないで————」

ぷちっ。

ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。

「ああ、ああ、や、やめて、ああああぁ………」

ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。

「ちがう、ちがう、ちがうっ!!ぼくは、ぼくは、ぼくは……」

ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。

「ぼくって、ぼくって一体……ああああ無理無理無理無理無理!!!!死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい嫌だ嫌だ嫌だ死にたい死にたい死にたい死にたいああああああああ………」

ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。ぷちっ。………

それはちさとにのみ許された、高尚で、愉快な遊び。

肉眼でも分かるくらいに、日に日に狂っていく小さな大人。その様子を眺めているだけで、たまらなくぞくぞくする。こんなに面白いことがあるだろうか。だって、普段の生活を見せてあげてるだけなのに、なんか勝手に狂っていくのだ。どんだけ中身のない人生送ってたらこうなっちゃうんだろ。かわいそうに……ああ、ダメ、かわいい、かわいい、かわいいっ……。日常生活の上では疎ましいとしか感じない低脳な大人が、蟻みたいな体で発狂している姿が、かわいくて仕方がない————。

一度この味を知ってしまったら、もう、既存の娯楽になど戻れそうになかった。