9.本心
机の前、空になったクリップケースを手にして、優奈は動揺していた。
まず、周辺の床を確かめる。それから、おそるおそる、自分の両の足の裏も。……それらしいシミはついていない。最悪の事態だけは、避けられたようだ。
次に、机に乗せていたテキストや文具などの類を全てどかして、引き出しも全部開けて、くまなく探した。
それでも、見つからない。
「ここちゃん、小人さん知らない……?」
床の上で、自由帳にお絵描きをしていた心菜に尋ねる。優奈が取り乱していることには既に気づいていたようで、聞く前から、心菜は心配した風に彼女の方を見ていた。
「え、ここ、知らないよ……」
「そう……だよね。」
表情や声色に出やすいタイプだから、心菜が嘘をついていないということは、すぐに分かった。
「こびとさん、いなくなっちゃったの?」
「うん……。お姉ちゃん、ちょっと家の中探してみる」
「ここもいっしょにさがしてもいい?」
「ありがと。それじゃ、私玄関の方探すから、リビングみてもらえる?」
「うん」
「こびとさーん、でておいでー!」
「こ、小人さーん……」
心菜に習って呼びかけてみるけれど、反応はない。
床の上。絨毯の下。屑籠。トイレの中。脱衣所。浴室。
虫眼鏡も使って、隅々まで探しているけれど、どこにも見つからない。
ふと、この間の一件で心菜が言っていたことを思い出して、優奈は自分の靴の中も確かめた。昨日履いた靴。それから念のため、今日履いて行った靴も。……もちろん、男は出てこない。代わりに、いつの間にか紛れ込んでいた、小石とも砂ともつかないような粒がぱらぱらと落ちるばかりだった。
何をやっているんだろう、とため息をついた。
「いた?」
「ううん……」
「……そう。」
「こびとさん、にげちゃったのかなあ……」
「かも、しれないね……。」
確かに、あのクリップケースには隙間が空いていたから、自力で逃げ出すことも可能ではあった。
でも、そんなことをする理由が、優奈には分からなかった。そこまで不満があるようには見えなかったから。不満じゃないとすれば、他に何か、脱走したくなるような理由が……。
(……まさか。)
優奈は部屋に戻って、中の教科書を全部出してから、ランドセルを逆さに振った。
それから、筆箱の中。連絡袋。上着のポケット。洗濯のために持ち帰った割烹着。
学校に持って行った・付けて行った物を、全部確かめた。
男が昨晩、学校に行きたがっていたことを思い出したのだ。
……それでもやはり、男は見つからなかった。
あてが外れているのであれば、それで良かった。大人の人が、まさかそんな身勝手なことをするはずがないと、信じたい気持ちもあった。
でも、もう一つ考えられるのは、学校への荷物に紛れ込んだ上で、どこかで落としてしまったという可能性。
昨日、あれだけ行きたがっていたのだ。どうして、あり得ないなどと否定することができただろう。
その場合、もう2度と見つけることはできない。ショッピングモールで迷子の妹を探すのとは、わけが違う。
(…………。)
はじめは、確かに頭を抱えた。
どうしよう、どうしよう……と。
でも、そのうちに、優奈は思い始めた。
どうして私が、こんなに悩まなければいけないんだろう。
勝手に出てきて、勝手についてきて、勝手にはぐれて。
今回ばかりは、ぜったいに私のせいじゃない。
それに————あの人がいないことで、一体何を困ることがあるというんだろう。
考えることに疲れて、それから、自分の嫌な一面を直視してしまったみたいで、妹の前であることも忘れて、優奈は塞ぎ込んでしまった。
事実、あまりに脆い、しかし人の命にはかわりないものを預かる任務は、素直な気質の11歳の少女には、いささか重荷すぎた。


