19.忘れ物
「ねえ、どういうこと?」
「ああああああああああああああああぁっ!!!!」
ぱちん。
ちさとの左の手のひらの上。
デコピンで弾かれ、断末魔を撒き散らしながら、男は激痛にのたうち回っていた。
「今日ずっと、なんでゆーなの方ばっかり見てたの?」
「ああああああああああああああああぁっ!!!!」
ぱちん。
ちさとはなおも、淡々と「お仕置き」を加える。
「全然こっち見てくれなかったよね?私、悲しかったな……」
「ああ……ああ……ああああああぁっ!!!!」
ぱちん。
丸めた左手の指の方に弾き飛ばして、ぶつかったところで、手のひらを手前に傾けて、転がして、また弾いて。
無限お仕置き機の完成。
「しつけが足りなかったのかなあ。ねえ、あなたのご主人様は誰だっけ?」
「ち……ちさっ、ちさぁあああああああぁっ!!!!」
ぱちん。
指で弾くたびに、蚊の鳴くような声をあげて吹っ飛んでいくのが爽快だった。
「ゆーな、お兄さんのこと全然相手にしてくれてなかったね」
「……ああああぁっ!!!」
ぱちん。
思えば、彼は優奈に視線を送るばかりか、隙さえあれば近づこうとしていた。全て、優奈にすげなくあしらわれていたけど。
おそらく、優奈が無害であることを、肌で感じ取ったのかもしれない。あるいは……
「もしかして、お兄さん、ゆーなのお知り合いだったとか?」
「……おごほっ、!!」
ぱちん。
あくまで、そうだったら面白い、くらいの話のつもりだったけど。
よくよく考えてみると、この人を見つけたあの日、優奈の荷物をよじ登っていたことにも、それで説明がつくのだ。
まあ、仮に事実だったとしても、別に大した知り合いではないんだろう。
本当に大事な人なら、私たちと一緒になって、おもちゃにしたりしないはずだもの。
「ゆーなは優しいから口に出さなかっただけで、ほんとはお兄さんのことなんて、ゴミ虫としか思ってないよ」
「……ち、ちが、ちがは、っ……!!………………、」
ぱちん。
親切な私は彼に、現実を教えてあげる。
2度と希望なんて持てないように。
「かわいそうに。捨てられちゃったんだよ、お兄さん」
「…………………う……………あ………………」
ぱちん。
もはや、悲鳴も上がらなくなったらしい。
——でも、私だけは見捨てないよ。
最後にそんな甘い言葉を添えて、優しく撫でてあげようと思った。
「……ちさとー、入るよ?」
(————っ!?)
唐突に、背後から声が聞こえた。
噂をすれば、とでも言うみたいに、それはあの友達の声だった。
がちゃり、とドアが開かれる。
ちさとは咄嗟に、手のひらをにぎる。
「ゆ、ゆーな……どうしたの?」
「ごめん、忘れ物しちゃって……」
ばつの悪そうな顔で、優奈が立っていた。
————また、油断していた。
パパに見られそうになった時ほどは取り乱さずに済んだものの、友達にだって、こんな趣味がバレてしまったらおしまいだ。
「……あ、あった」
優奈は、私のすぐ横を通り過ぎて、「忘れ物」を取りにいった。
それが済むと、そそくさと部屋を出ていった。
「……失礼しました。じゃ、今度こそまた明日」
「ん、ばいばいゆーな」


