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3話

ちさとに拾われて、もう何週間経っただろう。

男の精神は崩壊しきって、もはや形も残っていなかった。

何一つ勝てない。

そんなはずがないと思いたかった。けれど、どれだけ血眼になって探しても、30年生きてきた自分が、たった10年しか生きていない女の子に勝っている点が、どこにも見つからない。どこにも。

頭脳も、精神も、地位も、幸福も、人望も————そして、今では力でさえも。ちさとに、何一つ及ばない。

暗く、深い、海の底へ沈んでいくような感覚。

その中で、男は考える。

自分の30年の人生には、一体なんの意味があったのだろう。

何のために生まれ、何のために生きてきて、何のために、今ここに存在しているのだろう。

何の目標もなく、何の努力もせず、何も為せず、守るべきものもなく、誰にも慕われず、容姿は汚く、精神は幼いままで、子どもに欲情して。

こんな自分が、生きている価値なんて、あるのだろうか。

——ありますよ。

絶望の深淵で。

ちさとの声が聞こえた気がした。

耳を溶かす、甘い甘い囁き声が。

——ほら、あるじゃないですか……お兄さんにしかできないこと。

神さまの声に聞こえた。

声のする方に向かって泳いでいく。

その先に、光が見える。

眩さに目を覆いながら、男は暗闇の出口に向かっていく————。

真っ白な光に包まれ、やがて、視界が晴れていく。

気がつけばそこは、もうすっかり見慣れてしまった、ちさとの机の上で。

いつものように、正面にはちさとが座っていて————組んだ足を机に乗せ、男の方に伸ばしていた。

視界の隅に、ちさとの脱ぎ捨てたニーソックスがあった。

にこり。とちさとが笑うのが見えた。

ああ、そうだ。

ふらふらと歩き出す。

初めて見る、ちさとの生の足の裏。

毎日のスキンケアを欠かさない綺麗好きな彼女の足の裏には、あの日教室で見た「狭山さん」のそれのように、チリやゴミなど付着していなかった。

けれど————朝の6時の登校から、夜の8時の塾の終わり。およそ14時間の拘束を耐え抜いた足の裏は、解放の悦びに火照っている。

今、やっと分かった。

踵を下にして立っていたちさとの足が、跳ね橋が下りるように、ゆっくりと傾いていく。

それまで手の届かない高みにあった足の小指が、今、男の目の前に降り立つ。

腰から上のちさとを、あのアロマ瓶の中からいつも眺めていた。何もしなければ、白の服がよく似合う、清楚で可憐で儚げな、小学5年生の少女だった。

そんな彼女の足指に、顔を寄せる。

熱気を伴った濃密な汗の臭いが、男の鼻腔と、脳を灼く。

スズランのような清楚な見た目をしているのに。

その香りは、クロバエたちを誘惑する、ラフレシアのように臭かった。

自分は、この子の奴隷になるために、生まれてきたんだ————。

男もまた、クロバエのようにその臭いに惑わされ————ちさとの足を舐める。

しょっぱくて、手の指よりも、つんとした酸味があった。

その芳醇な味わいの虜にされ、男は折り畳まれた小指の、ほんのわずかな隙間をこじ開けるようにして、潜っていく。そして、むせ返りながら、足の指の間の、指紋の溝にじんわりと滲んだ汗を舐める。場所によっては、吸って、ごくごくと飲むことさえできた。それほどまでに、足の小指の間には、汗が豊富に溜まっていた。その上、飲んでも飲んでも、新しい汗が湧き流れた。

最後の砦だったはずの自制心は、たった1人の子どもの遊びのために、砂場のお城のように崩落していく。

サウナのような暑さに、全身が蒸されて、汗が吹き出る。抜け落ちた水分と塩分を、ちさとの汗を飲んで補給する。また汗が流れて、また飲んで。

そこはまさに、永久機関だった。

よしんば脱出を果たしたとしても、忘れることができずに、また足を運んでしまう。男の存在さえその一部とした、永久機関だった。