そんなハプニングもあって、結局、5年4組の教室を離脱したのが、2時間目の終わり、つまり中休みが始まる時間だった。
児童たちの行き交いが活発になるこの時間、見つからぬよう、そして交通事故に巻き込まれぬよう、男は壁伝いに慎重に移動する。
が、ここでもやはり問題が生じた。
3組の教室が、4組の入り口を出て右隣にあったことや、同じ方向から2組の児童が歩いてくるのを見かけたことからも、2組の教室の方角にはある程度の見当がついていた。しかしその見当に従って進んでいくと、やがて見上げるような段差にぶつかってしまった。どうやらこの段差の向こうは、吹きさらしの渡り廊下になっているようで、5年2組の教室は、その先にある別の棟にあるらしいと分かった。
つまり、朝の時と同様に、誰かの上履きにコバンザメのようにひっついて、運んで行ってもらう必要があった。だが朝の時と違って、都合のいい児童を見つけるのに難儀した。なぜといえば、そもそも廊下で立ち止まっている子を見つけるのが難しいから、というのもあったし、またうっかり人選を間違えてしまうと、全く見当違いな場所に連れて行かれる危険性もあるから、慎重にならざるを得なかった。
ようやくそれらしい子にヒットしたのは、中休み終了5分前のチャイムが流れた頃だった。目論見通り、男を踵に付けたまま、彼女は渡り廊下を越えて歩いていった。つま先の方に5-2と書かれているのも確認済み。このまま揺られていれば、いよいよ優奈のいる教室に辿り着くことができるはずだった。
だが、事態はやはり男の思った通りには運ばない。
その少女は、教室に行く前に、女子トイレに立ち寄った。
男は、進行方向が変わったということ以外は、すぐに理解することができなかった。
ぱたん。
かちゃっ。
その音が、ここが女子トイレの、さらに奥の個室であるということを認識するトリガーとなった。
溝に汚れやカビのたまった、前時代的な薄桃色のタイル。四方が高い壁に覆われていて、薄暗くなった密室。繁華街の路地裏にも似た、無秩序で、不衛生で、危険な香り漂う場所に、男は迷い込む。
ぽす、という音に振り返る。黒地に白のアクセントが施されたハーフパンツが、上履きの上に被さっていた。その内側から、桃色のドット模様のついた白い布が、ちらりとはみ出しているのが見えた。
————そこが、和式トイレではなかったことが、せめてもの救いだったのかもしれない。
やがて鳴り出した、蛇口をほんのわずか緩めたような、か細い水音。
温かくて、しょっぱくて、色がついているはずの水音。
知らない子どもの、尿の音。
男はどうして、それを聞き流すことができただろうか。どうして平静を保っていられただろうか。
————その尿の温度を、臭いを、味を。その中で溺れる自分を。どうして想像せずにいられただろうか。
意識のほとんどを、少女の尿に持って行かれていた男は、その後、用を足し終えた彼女に置いて行かれてしまい。トイレの入り口にも、1人で乗り上がることのできない段差が付いていたため、男は3時間目の間、ずっとその場に取り残されることとなった。ようやく出られたのは、午前中最後の休み時間に、5年1組の女子児童が来てからのことだった(やはり、その子のおしっこの音も聞かされることになった)。


