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3話

タイトルは思い出せない。でも、何かしらの映画の冒頭で流れていた映像。

舗装されていない田舎の道を走る、一台のトラック。

その荷台の中には1人の退屈そうな少年がいて、ガタン、ガタン、と、引っ越しの荷物と一緒になって揺られている。

そして、長旅の果てに、揺れは収まり、仄暗かった荷台に光が差し込んでいく。少年は、物語の始まりの予感に胸を高鳴らせ、光の向こうに広がる、新しい世界に飛び込んでいく——。

男もまた、似たような環境に置かれていた。

暗闇に、激しい揺れ。ここまではおおよそ同じ。

しかし、引きのカットで映るのは、無骨なトラックなどではない。

山吹色の帽子を目深に被った、登校中の女子児童————無論、その左胸の名札には「千代沢小学校 5ねん2くみ 佐藤優奈」と書かれていた。

男は今、優奈が手に持って歩く、キルト生地の手提げ袋の中にいる。それが何を入れる袋であるのかを、男は知らない。暗くて何も分からないというのもあった。また飛び込む前、確認している余裕もなかった。

先日、新しく男の居室となった、小さなクリップケース。あれが良くなかったのだ。

ケースには天井に3本線の穴が空いていた。それはちょうど、蟻のように小さな体ならば這い出ることができてしまう程度の線幅だった。

そのことが、もともと優奈の想定の内にあったのか、外にあったのかは分からない。だが少なくとも、その穴を悪用されるという可能性までは、考えていなかったはずだ。

与えた朝食を男が食べ始めたのを見届けると、優奈はいつものように、髪を整えるべく洗面台へと向かっていった。

鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに、優奈が完全に部屋を出た瞬間を見計らって、動き出す。ひょっとしたら、ここから出られるかもしれない。はじめはその程度で、出た後に何をするかなんて、深く考えていなかった。実際に試してみると、拍子抜けするくらいに簡単に外に————優奈の机の上に出ることができて、そこではじめて「じゃあ何をする?」と具体的に考える余地が生まれた。

破滅を囁く悪魔が、つけ入る隙を生んでしまった。

とはいえ。崖際で、寸前まで男は躊躇っていたのだ。

崖面————勉強机の側面に取り付けられた2つのフックには、閉じたランドセルと、口を開けた手提げ袋が掛かっていた。男はその様子を、呆然と眺めているばかりだった。

けれど、優奈が洗面所から戻ってきて、今この状態を見られてはまずい、と、咄嗟にその袋に飛び込んでしまった————。

————そして、今に至る。

袋の底は変わらず暗くて、それが一体何の袋であったか、という問いには確かな答えが未だ出せない。

けれど、大きな手がかりが一つだけあった。それは言うまでもなく、優奈がその袋に入れた「モノ」のこと。

大きな手がかり……それは物理的にも大きく、中のスペースはほとんどそれが占拠しているらしかった。

ソリッドな手触り。撫でてみると、曲線を描いていることが分かる。爪を立てると沈む。何か、ラバーのようなもの。

そして、洗剤の香りと、その中にかすかに混ざる、埃っぽいにおい。洗濯の必要があるもの。優奈が、身につけて使うもの?

ひょっとしたら、と頭に浮かんだものはあった。しかし仮にその通りだったとしても、今この状況では、どうすることもできなかった。

………さ、………………………………よね。

……………、わたし………………………けど、なんか…………………よ。

くぐもった声が、外から聞こえてくる。優奈と、その友達と思われる、もう1人の女子児童の声。会話の内容までは聞き取れない。

はじめて浮かび上がった、外の世界との接点。

本当に、向かっているのだ。優奈の通う小学校に。

ワクワクしないはずがない。現に男のソレは、すでにいきり立っている。

すぐ隣を歩いている、優奈の友達。当たり前のように、その子もまた優奈のように大きいはずで、その子にとっての自分も、やはり蟻と同類の虫けらでしかなくて。

どんな名前で。どんな顔で。どんな性格で。どんな趣味を持っていて。————どんな風に、僕をかわいがってくれるのだろう?

そんな想像が、頭の中を支配する。

けれど、一方で後悔もしていたのだ。

————とにかく、学校には連れて行けないです。

優奈の言いつけに背いたこと。絶対にして唯一の飼い主を、ペットである自分が裏切ってしまった。その意味を、今になって考え始めていた。

可愛くない、従順でもないペット。そんなものを、誰が必要とするというのだろう?

そしてもう一つ気がかりなこと……この袋の正体。

あの時頭をよぎった想像。もし、それが正しかったというのならば、優奈が学校に着いた時、自分は————。

その時起きたことを、一度に全て認識することはできなかった。

嘘のように開けた視界。

鮮明になっていく、その細部。

淡い黄色のシャツ、デニムのティアードスカート……そして脚へ、ゆっくりとスクロールしていく。

あ、落ちているんだ、と自覚してからは、一瞬だった。